【著者に訊け】浅田次郎さん/『ブラック オア ホワイト』/新潮社/1620円
「ぼくは昔から、毎晩ストーリー性のある面白い夢を見るんです。昨日の夢でぼくは、巨大な魚屋を潜入捜査する特命刑事になっていた。10代から枕元にノートとペンを置いて夢を書きとめていたし、うちの家族は朝食の席で昨晩見た夢を語り合う変な習慣もある(笑い)」
夜中にトイレに起きてもベッドに戻れば夢の続きを見られるという熟練の「ドリーマー」である浅田さん。これまでにも夢で見たことを書いた経験はあるが、夢を見ること自体を小説に書こうと思ったのが、この『ブラック オア ホワイト』だ。
豪華な自宅マンションで友人の「私」に夢を語るのは元商社マンの都築(つづき)。スイス、パラオ、インド、中国、京都と、仕事や休暇で訪れた先々で不思議な夢を見る。幸福な夢もあればその逆もあり、彼の見る夢と彼の置かれた現実はいつしか交錯し、現実を悪い夢が侵食していく。
面白いのは、幸福な夢と不幸な夢、どちらでも選べる状況で、人がときに悪夢を選択することだ。
「たかが夢、それに現実の生活でもそういうことってあるんじゃない? なぜこの世にお化け屋敷やホラー映画というものが存在しているかというと、人間には怖いもの見たさってのがあるからでさ。そちらを選ぶ人って結構多いと思うよ」
夢の中で、都築はアメリカで死んだ祖父に会う。満鉄の理事をつとめ、戦後は大手商社の役員になった祖父の死の謎に、次第に近づいていく。
都築は60代はじめの浅田さんと同い年という設定で、はためには何不自由ない環境にいながら大きな力に翻弄されるひとりの男の見る夢に、日本の戦前・戦中・戦後の姿が映し出される。ひとりで見るのも夢なら、あの戦争やバブルもまた、日本人がみんなで見た壮大な夢のようにも思えてくる鮮やかな構成だ。
「ぼくは小説を書くときに、設計図をつくらない。設計図があると、設計図の外に出られないから。今回の夢の小説に関してはとくに、いつも以上に自由でなければ魅力を失うと思ったので、なんの決まりもつくらずに書き進めていきました」
総合商社が日本で果たしてきた役割や同僚の裏切りなど、企業の描き方がリアルで興味深い。
「商社マンだった同級生が、リタイアして、最近はいろいろしゃべってくれるようになったからね。どういうわけかぼくは、小学校、中学校、高校と、学校の友達とすごく仲がよくて、いまだにクラス会をしょっちゅうやっているんです。クラス会って、子供の手が離れる50代半ばで出席率がよくなる。女の人はまだまだきれいだし、50代になると盛り上がりますよ、クラス会」
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2015年4月2日号