追う者と追われる者の物語の中で、本書は数々の興味深い事実を記していく。世界でもっとも大規模に八百長を仕組んでいるのは背後で香港の犯罪組織三合会と繋がるシンガポールの組織で、その組織と仕事をしてきた大物フィクサーは60か国以上で数百試合を不正に操作し、〈八百長王〉と呼ばれる。本書の一方の主人公であるインド系のシンガポール人、ウィルソン・ラジ・ペルマルだ(2011年に逮捕)。
ブックメーカーが賭けの対象とする世界中の試合全てが八百長を仕掛ける対象となり得るが、狙いやすいのは資金不足に悩む弱小協会で行われる試合だ。協会幹部を買収して息の掛かった審判を送り込むのだ。選手で買収対象にするのは主に、ミスが失点に繋がりやすいキーパーとディフェンダー。本書には八百長の具体例が豊富に記されているが、ひとつだけ紹介しておこう。
2010年にトルコで同日に行なわれた2つの国際試合で(対戦国はトルコ以外)計7点が入ったが、その全てがPKによるものだった。あるPKが失敗すると、副審はやり直しを命じた。
そうした不正を執念深く追っているのが、オーストラリア警察、インターポールの幹部を経て2010年の南アワールドカップを前にFIFA保安部長に就任したクリス・イートンなる人物。イートンはテロ対策の専門家として招かれたが、テロリズム同様に八百長がスポーツを破壊する大きな脅威だと気付く。だが、FIFAの腰は重く、イートンは南ア大会後、大規模なスポーツ大会のセキュリティを専門に扱う非営利団体のスポーツ保全部長に転じ、今も八百長問題の追及を行っている。
日本のサッカーで八百長が行なわれた正式な報告はまだないが、本書に気になる記述がある。国際的な賭博監視機関の香港支所のオフィスでは、様々な違法賭博組織の役割と関係を示す図表がボードに描かれ、世界各国の八百長活動も記録されているが、その中に日本も含まれているというのだ。
具体的な記述はなく、真偽も定かではないが、〈巨大な闇〉が日本にも迫っていることは確かだ。アギーレを代表監督に招いた日本のサッカー界はどこまで八百長問題に危機感を抱いているのか不安になる。
※SAPIO2015年4月号