月曜日から金曜日まで毎日生放送でニュースを伝え続けてきた安藤優子さん(56才)は、今年1月最愛の母・みどりさんを亡くした。
「すごくいい絵でしょう?」。亡き母が描いた絵を見せる安藤優子さんの口調は想像したより明るかった。とはいえ最愛の母を亡くしてまだ2か月、母について語りながら、小さく息をのんで呼吸を整え、遠くを見ることもある。黒のジャケット、青いワンピースの安藤さんは、少し痩せたようにも見えた。
「母が亡くなったのは今年の1月14日。89才でした。入所していた介護付き有料老人ホームで朝ごはんを9割がた食べて、最後の一口というところでうっと詰まり、そのとき心臓が止まったそうです」(安藤さん、以下同)
安藤さんの母みどりさんは大正14年生まれ。社交的で、ヨガを習うなど新しい物好き。帽子がセットになったスーツを着たり、クロコダイルのハンドバッグを持つようなおしゃれな人だった。安藤さんは自他共に認める「母っ子」で、「教育だけは泥棒に盗まれない」が口癖だったみどりさんの影響から、テレビで活躍していた20代、一度すべての番組を降りて大学院に進んだこともあるほどだ。
安藤さんは3人きょうだいの末っ子で、9才上の姉、5才上の兄がいる。午前8時半より少し前、いつも通り出かけようとしたところに姉から電話があり、安藤さんは搬送先の病院に駆けつけた。蘇生措置を受けて心臓は再び動いていたが、母の意識はすでになかった。
「延命治療をしないというのはきょうだい3人で確認していたし、先に1人到着した私が、病院にそう伝えました。つながれていた医療機器の管も取ってもらったところで、不思議なことに再び心臓が動き出したんです。
3人の子供が揃うのを待っていたんでしょうか。姉と兄が病院に着いたとたん、すーっと脈拍が落ちました。ほんの数分です。あっけなくて、実に見事で、母が「さらばじゃ」って言っているみたいでした。
死因は老衰です。食事中の死亡ということで、一応は警察の検視も受けたんですが、検視官からも「大往生ですね」と。ああいう死に方っていいなってちょっと思いましたね、本当に。
その後フジテレビに向かい、『スーパーニュース』に出演しました。母の死を伝えた数人の幹部にも黙っていてほしいと頼みました。父を亡くしたときもそうでしたけど、大変だねって言われたくないんです、私。いちばんつらいときに言われてしまうともう、それ以上、がんばれなくなっちゃうので」
※女性セブン2015年4月9・16日号