安倍晋三・首相の賃上げ要請に呼応して大手企業が次々と過去最高の「ベア」を発表し、大メディアがそれを煽り立てる──それだけ見ているとサラリーマンに「暖かい春」がやってきたように思えるが、実態は全く違う。アベノミクスが生んだ日本経済の悪循環はむしろ加速している。「アベのべア」の正体とは。
昨年、サラリーマンは未曾有の「賃下げ」に襲われた。安倍政権の誕生以来、物価上昇を加味した「実質賃金」は下がり続けている。
アベノミクスの異次元量的緩和が円安を招き、輸入品を中心とした物価が急激に上がったため、実質賃金は今年1月まで19か月連続でマイナスとなった。実質賃金が上がらなければGDPの6割を占める個人消費は伸びず、景気が上向くことはない。
にもかかわらず大メディアはそうした指摘もなしに今年の大企業のベアを連日、派手な見出しで報じて好景気ムードを演出した。
〈トヨタ、4000円で決着 ベア過去最高〉(3月16日付)
〈日産、ベア5000円回答へ 製造業大手で最高水準〉(3月17日付)
〈ベア、最高相次ぐ〉(3月18日付、いずれも日経新聞)
確かにトヨタや日産のみならず、日立、パナソニック、東芝など電機大手は1998年以降で最高となる3000円、大手ゼネコンも大林組が5500円、大成建設が7910円のベアとなった。
円安で業績が回復した輸出企業や公共工事増が追い風となった建設業界など、アベノミクスの恩恵を受けた大企業で「アベのベア」が実現している。ちなみに経団連会長の榊原定征氏が会長を務める東レも昨年を上回る2600円のベアとなった。
そうした状況を受けて麻生太郎・財務相は会見で、「企業が利益を内部留保に蓄え、賃金や設備投資に回さない状態ではなくなった」と述べ、大メディアがその発言を大きく報じた。
本当にそうか。ベアをパーセント換算した数字を併記すると、トヨタは1.14%アップ、日産が1.4%、大林組1.2%、東レ0.9%となる。その一方で、最新の消費者物価指数(食品、エネルギーを除く総合)は前年同月比で2.1%の上昇だった。
相澤幸悦・埼玉学園大学教授がいう。
「物価が2~3%上がっている状況下では、それに追いつく賃上げなど到底実現しません。大メディアは過去最高のベアと報じていますが、アベノミクスの恩恵を受けているはずの大企業でさえ、賃上げは物価上昇に追いつかず従業員の実質賃金はマイナスとなっているのが実態です」
つまり「過去最高のベア」と報じられている数字は、実際は「賃下げ」に他ならないのだ。
※週刊ポスト2015年4月3日号