野球に取り組む真摯な姿勢から、長嶋茂雄は「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」等と呼ばれている。現役時代、練習に集中しすぎて試合を忘れてしまったときのことを、1600を超えるプロ野球の試合を実況した元ニッポン放送アナウンサーの深澤弘氏が振り返り、語った。
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長嶋さんの勝利への執着、技術習得への集中力は図抜けていました。
不調時に試合前のベンチ裏の大鏡の前で素振りを繰り返していた長嶋さんが、とうとう手応えを掴んで「スランプを脱した」と確信して満足してしまい、試合を忘れてしまったという逸話があります。
グラウンドで試合が始まるが、いくら待っても長嶋さんが出て来ない。監督以下、選手やマネジャーが捜し回ると、ミスターは1人、ロッカールームにパンツ一丁でボーッとしていた。長嶋さん自身も、試合を忘れていたことを認め、
「人間の集中力は凄いと思った。オレにとっても衝撃的な事件だった」
と後に振り返っていました。長嶋さんの守備も忘れられませんね。計算されていて華麗だった。でも、そういう守備はアナウンサー泣かせでした。僕は何とかすべてを描写しようとした。
「長嶋は広岡(達朗)の前に転がるゴロを捕って一塁に送球。アウト、でもサードゴロです!」
「グラブを派手に突き出しながら、腕を目一杯伸ばす。捕った、投げた! 投げた後の右の掌がヒラヒラと舞っています!」
といった調子です。一方で見事なトンネルもありましたが、その時は、「関門トンネル」(当時、日本一有名なトンネルだった)などと表現しました(笑い)。
※週刊ポスト2015年4月3日号