【著者に訊け】岡田尊司氏/『父という病』/ポプラ新書/800円+税
近年顕在化する母子密着と、疎外される父親。そもそも生物学的には〈いてもいなくてもいい存在〉だけに、父親とは人間的で複雑な存在なのだと、父と子を巡る現代的・普遍的問題を『父という病』で包括的に検証した、精神科医で作家の岡田尊司氏(54)は言う。
「確かに 生物の成育過程において、母親の役割は圧倒的に大きい。じゃあ父親は不在でいいかというとそんなことはなく、母親に比べて肉体的な結びつきが薄いからこそ逆に、心理・社会的に多様な役割を担います」
本書は2012年のベストセラー『母という病』と背中合わせの関係にあるが、実はとかく軽視されがちな父親こそ、母親を巡る諸問題の〈共犯者〉だという。特に核家族化が進む現代にあって、父親は母子密着を阻む〈防波堤〉の役割を担い、〈父親なき社会〉は、“自立できない社会”の再生産にも繋がりかねないのである。
ピカソ、ヘミングウェイ、サリンジャー、ガンジー、中原中也、ジョン・レノン……。実は彼らの共通項も〈父という病〉にあった。
「元々私は大の評伝好きで、本書に引いたエピソードも、特に集めずとも集まったといいますか。これは『母という病』にも言えることですが、それほど親子関係は人の人生に大きく影響し、その葛藤を文学や芸術の分野で花開かせる人がいる一方、一生克服できない傷として抱え続ける人も多い。私は長年医療少年院に勤務し、今も開業医として日々治療にあたっているので、そうした身近な具体例も挙げつつ、父という病の全体像に迫ってみました」
家長として君臨する父との葛藤を、自身、父親への恐怖と嫉妬を抱えるフロイトがギリシャ悲劇の王エディプスに準えて、早一世紀。その間、精神医学の主役は「父親の克服」から「乳幼児期の母子関係」に取って代わられ、ジャック・ラカンによる父親の役割の再評価こそあったものの、男女同権意識の高まりや女性の社会進出もあって、今では父親ばかりか、〈母親さえも不在の事態〉が社会全体に深刻な影を落としている。
「つまり昔は父親が強すぎて、子供に神経症を強いるほど大きな存在だったのが、今はむしろその不在が害をなしている。ところが理論は常に現実の一歩後塵を拝している。私自身は母親か父親かの二元論ではなく、真実は常に両方にあると、考えるようにしています。
本来であれば、父・母・子の〈三角関係〉を通じて人は人間関係の基礎を学びますが、今は一対一の母子密着が強すぎて、本来の役割が果たせない父親が大勢いる。子供は父親を否定する母親の“洗脳”に逆らえないだけで、本当はそんなこと望んでいないんですよ。
その刷り込まれた父への否定感情がひいてはその子の異性関係や職場関係にも影響します。父親の場合は特に子供が3、4歳から社会に出るまでの関わり方こそが最も重要なのですが…」