イスラム教とはどんな宗教なのか。宗教を題材として画期的な論考を発表してきた社会学者・橋爪大三郎氏と、イスラエルをはじめ中東事情に精通する元外務省主任分析官・佐藤優氏が、なぜ現代世界に「イスラム国」が生み落とされたのかについて論考する。
橋爪:キリスト教は王に服従する文化を持っている。キリスト教がローマ帝国に浸透したのは2世紀末。政権と教会の関係は潜在的には敵対関係だけど、妥協のようなものが成立している。それは『新約聖書』の「パウロの手紙」を読むと王権に従うことを信仰の立場から弁証できます。
佐藤:「パウロの手紙」でも特に「ローマの信徒への手紙」の13章ですね。
橋爪:そうです。しかしイスラム教の聖典「コーラン」にはこれに相当する文言はありません。ヨーロッパでは、近代以降にナショナリズムが生まれました。キリスト教徒だからではなく、フランス人だから、あるいはイタリア人だから……自分たちの政権を樹立する権利があると考えるようになったのです。それができないから、やはりイスラム教は、ナショナリズムとは反りが合わないのです。
佐藤:アラブ連合がそうでしたね。「アラブナショナリズム」が盛り上がった1958年にアラブ統一を目指してエジプトとシリアがアラブ連合を作りましたが、結局はまとまらなかったわけです。
橋爪:イスラム的な考えでは国家よりも人類普遍共同体のウンマに対する意識の方がより強い。そして法律といえば、コーランに基づくシャリーア1つだけ。そうなると、ヨーロッパの近代ナショナリズムに対応する制度や仕組みを作れない。キリスト教はどんどんバージョンアップしていくのに、イスラム教はバージョンアップできない。
※SAPIO2015年5月号