つんく♂(46才)の喉頭がんが発覚したのは、昨年2月のことだった。当初は手術を回避し、放射線治療で「寛解」(がん細胞が消失すること)を目指す道を選んだ。
「奥さんが何軒も病院に聞いて回り治療法について調べたそうです。そして彼は通常の放射線だけでなく、『陽子線治療』といって、より高度な施術も受けることになった。この施術を受けられるのは、日本国内で10か所しかなく、しかも保険外診療なので、2か月の治療で300万円ほどかかるんです。それでもつんく♂さんは、“声帯手術だけはどうしても避けたい”と、陽子線治療設備のある千葉県の病院に通って、治療に専念していたんです」(つんく♂の知人)
セカンドオピニオン、サードオピニオンを経て辿り着いた医師と、妻と二人三脚で治療を進めたつんく♂。同年9月には担当医から「完全寛解」を宣言されたとブログに喜びを綴っていた。
「先生からの太鼓判をいただいた今、今後は今まで以上に『愛のある唯一無二なる仕事』をしていきたいです」
しかし、悪夢はそのわずか10日後にやってきた。がんが再発見されたのだ。知らせを受けたのは、モーニング娘。’14のコンサートに立ち会うべく家族とともに向かったニューヨークでのこと。コンサートを見届けた一家はUターンするように帰国した。
「画像検査等で腫瘍が消えていれば、通常は寛解と診断されます。その後、周辺細胞を採取して検査しますが、実際にはがん細胞が残っているのに、採取した部分にたまたまがん細胞がなかったという場合でも、完全寛解と診断されてしまうことがあるんです。つんく♂さんもこのケースだった可能性があります」(医学博士の狭間研至氏)
喉頭がんは5年生存率が70%で、再発の場合はさらに下がる。予断を許さぬ事態だった。声をとるか、命をとるか──究極の選択を前に、つんく♂の心は乱れた。
歌手の忌野清志郎さん(享年58な)のように、同じく喉頭がんに侵されながら、声帯除去を拒否して、芸に殉じた者もいた。
「歌手が声を失うということは“生きるな”と言われることに等しい。先輩たちの生き様を見ていたからこそつんく♂さんも悩み続けていたんだと思います。おれから歌をとったら何が残るんだ、寿命よりも大切なものがあるんじゃないかって。でも彼は最後に声を失うことを決断した。何よりも大切な存在のためにです」(前出・つんく♂の知人)
6才の双子の長男と長女、そして3才(当時)の次女の姿を目にしたとき、つんく♂は泣いた。
※女性セブン2015年4月23日号