【書評】『東京美女散歩』安西水丸著/講談社/2100円+税
【評者】嵐山光三郎(作家)
いい町にはいい女がいて、つまらない町には黒い服を着た実存主義方面の女がいる。女の生態を見抜くことにかけて他の追従を許さない水丸画伯が、六年半にわたって東京の美女を調査した記録。
まずは日本橋高島屋五階にいる愛ちゃんとデート。谷中墓地で毒婦高橋お伝に思いをはせ、女は「三十代半ばから四十代半ばが一番色っぽいのだ」と自説を述べる。この話はぼくも水丸画伯から、こんこんと指導をうけてきた。
銀座五丁目の竹葉亭で鰻重を食べて高校生のころの年上の女性を思いだす。吉祥寺の井の頭五丁目は以前住んでいた家があり、三十歳のころは近所に住む二歳上の人妻と不倫関係にあった。これは水丸夫人のことじゃないかと思うが、ま、いいか。
四五三ページのすべての見開きに水丸のイラストレーションが入っていて、登場する美女は名前入りで百人以上。ガータースパッツの女、ジーンズのミニスカートの女、レースのタイツを見せている女、といろとりどりだ。
水丸は東京の赤坂に生まれ、吉祥寺のあとはずっと青山に住んでいた。高校生のころ表参道はコウモリが飛んでいた。いま表参道をこれみよがしに歩くカップルは、ほとんどがどこかの田舎から出てきた者たちだ。モデル級の女が歩いているが、レストランは見せかけだけの店が多い、ときりすてる。
水丸好みの町は四谷荒木町、神楽坂で、四谷荒木町では叔母が三味線(長唄)を教えていた。叔母の家の稽古場で、障子戸のガラス戸の鶴模様ごしに見る稽古する女のシーンが色っぽい。
神楽坂の項に「友人、嵐山光三郎のオフィスがある」と記されているが、すぐ近くの「元愛人の住むマンションの前に出てしまった。ちょっと寄ってみようとおもったがまた縒りがもどると困るのでやめた。色白のいい女だった」とある。おいおい、どこのだれなんだよ、と聞きたいが、水丸は一年前に他界した。水丸でなければ書けない貴重なる一冊である。
※週刊ポスト2015年4月17日号