ライフ

小豆島を舞台にさまざまな世代の普通の人々が織り成す群像劇

 三十代の女性が五十代のおじさんと郊外の小さな家で暮している。そこに老いた父親がやってきて一緒に暮すようになる。昨年、発表され、ほろ苦いユーモアが好評だった『お父さんと伊藤さん』の著者、中澤日菜子の新作『おまめごとの島』は瀬戸内に浮かぶ小豆島を舞台に、さまざまな世代の普通の人々が織り成す群像劇。

 東京の食品メーカーに勤めていた三十代の秋彦が、仕事を辞め、実家のホテルを継いだ大学時代の同級生を頼って小豆島にやって来る。ホテルで働く。東京の生活に挫折した男を島は受け入れてくれるか。島のオリーブ園で働く四十代の言問子。彼女もまた東京で恋愛に失敗し、逃げるように島にやって来た。

 さらに、三十代の真奈美という地元の女性がいる。二十歳で結婚し(夫はスーパーで働いている)、子供が四人もいる。生活に追われている。まわりの人間はみんな楽しそうに見える。自分だけが恋愛とも贅沢とも無縁。毎日、息が詰まりそう。

 島にやってきた秋彦は、実は自分の不倫のために妻と別れている。妻は手広く美容室を経営している。島のホテルで働くようになった自分とは対照的。秋彦は、自分はダメな人間だと自嘲している。

 その秋彦のところへ、小学六年生になる娘が訪ねてくる。美少女。しかし、久しぶりに会う父と娘のあいだに会話はほとんどない。

 この小説は、さまざまな断絶を描いている。父親と娘、三十代と四十代、既婚者と未婚者、さらには東京から島にやってきた移住者と、もともと島に住んでいる地元民。いたるところで価値がぶつかり合い、意見が衝突する。

 子供を四人かかえた三十代の真奈美は、東京から島にやって来た、四十代の独身女性の言問子が気楽に見える。どこか羨しくもある。だからつい毒づいてしまう。あなたのしていることなんか「おままごと」よ。それでも、いがみ合っている人間たちが次第に相手を、そして自分を理解してゆく。島の暮しをそれぞれに受け入れてゆく。

 地元民の老人が秋彦と、家出したその娘に言う。「……帰れる家があるなら、帰ったほうがええ。大事なひとがおるなら、大事にしたほうがええ。生きるっちゅうんは、あんがい……単純なもんなんやで」

「メルマガばばあ」と言う島の愉快な女性が出てくる。老人なのにスマホで他人のプライバシーを写真に収め、配信する。こんな婆さんが案外、島の平和に役立っているのかもしれない。

文■川本三郎

※SAPIO2015年5月号

関連記事

トピックス

九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
“鉄ヲタ”で知られる藤井
《関西将棋会館が高槻市に移転》藤井聡太七冠、JR高槻駅“きた西口”の新愛称お披露目式典に登場 駅長帽姿でにっこり、にじみ出る“鉄道愛”
女性セブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン
胴回りにコルセットを巻いて病院に到着した豊川悦司(2024年11月中旬)
《鎮痛剤も効かないほど…》豊川悦司、腰痛悪化で極秘手術 現在は家族のもとでリハビリ生活「愛娘との時間を充実させたい」父親としての思いも
女性セブン
ストリップ界において老舗
【天満ストリップ摘発】「踊り子のことを大事にしてくれた」劇場で踊っていたストリッパーが語る評判 常連客は「大阪万博前のイジメじゃないか」
NEWSポストセブン
野外で下着や胸を露出させる動画を投稿している女性(Xより)
《おっpいを出しちゃう女子大生現る》女性インフルエンサーの相次ぐ下着などの露出投稿、意外と難しい“公然わいせつ”の落とし穴
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン