今年没後50年を迎える江戸川乱歩。長編小説『火花』(文藝春秋刊)がベストセラーとなっているお笑いコンビ「ピース」又吉直樹氏(34)も熱心な読み手だ。又吉氏が乱歩の魅力を語った。
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乱歩作品に共通するジワジワくる怖さや不思議な緊張感にも引き込まれますが、いちばん重要なのは、読み手が主人公の欲望を“少し”理解できることやと思います。乱歩の作品は、たんなる変態の話ではない。
「人間椅子」なら、椅子に入って好きな人に座られたいという主人公の屈折した欲望にどこか共感できるし、鏡の世界に閉じこもる「鏡地獄」もそう。屋根裏を歩き回って節穴から住人の私生活をのぞき見する「屋根裏の散歩者」の郷田三郎の気持ちなんて、実際にやらないにせよ、男ならメチャメチャわかりますよね。だから読むとワクワクするんです。
他の作家と比べても、設定があってフリやオチもしっかりしていて、途中の世界観も面白い。短い話の中に読書で得ることのできる面白さがすべて詰まっています。こんな怪しげで不穏な雰囲気はなかなか出せない。キャッチーさと同時にコアな怖さもあって、読み手には読書の入り口にも出口にもなる希有な作家です。他に思い当たるのは太宰治くらい。戦前の作品なのに今読んでも全く古さを感じず、違和感なく読み進められるのもすごい。
あまり読書経験がなく、これから本を読もうという人から「何を読んだらいい?」と聞かれると、まず乱歩を勧めます。
今回の『火花』は乱歩を意識して書いたわけではないけど、何度も繰り返し読んだ作家なので、芸人としても作家としても無意識的な影響はあるかもしれません。乱歩の好んだ不思議な世界や、アッと驚く仕掛けに魅かれる感性が僕にはある。自分が1人でつくるコントやこれまで書いた短編小説には怪しげな人物が登場する設定が多いのですが、昔にそういう世界を創っていた乱歩には本当に憧れます。
※SAPIO2015年5月号