【著者に訊け】真梨幸子氏/『お引っ越し』/角川書店/1500円+税
平穏な日常のほんのちょっと先に潜む非日常性や狂気──。その「紙一重感」が何とも秀逸なのが、ベストセラー『殺人鬼フジコの衝動』(2008年)等で知られる“イヤミス”界の気鋭、真梨幸子氏の作品群である。
「私の考えでは人間には生来のモンスターなんていないと思うし、一見普通の人が簡単に悪魔になり、思わぬ穴はそこかしこにありますよって、お節介をしたいだけなんですけど(笑い)」
最新作『お引っ越し』も、「お」が侮れない。目次を見ると、「扉」「棚」「机」「箱」「壁」「紐」の6編に、なぜか〈解説〉がつき、それらを読み終えた時、読む者に衝(笑?)撃と戦慄が走る。何しろ本作では解説すら、物語の重要な一部なのだ。
そもそも新しい環境との出会い自体、非日常的であり、〈引っ越しって、なにかホラーじゃありませんか?〉と、ある人物が「解説」で呟く一言がぞわぞわと身を脅かす、それでいて極上のエンタメ小説なのである。
自身、きっぱりと「親譲りの引っ越し魔」を自認する。
「うちの親なんていまだに同じ町内で住所がコロコロ変わっているし、私は私で上京してからというもの、なぜか引っ越す先、引っ越す先に警察が来る始末(笑い)。八王子にいた頃は隣人が手錠姿で連行されるのを見たし、吉祥寺では井の頭公園のバラバラ事件で刑事が聞き込みに来たし、特に若い頃は家賃や条件に目が眩んで、自らヤバい物件ばかり選んでいたような…。
今はだいぶマシになりましたけど、結局どこへ行っても問題はあるのに、もっといいところ、完璧なところって、幻に操られる欲望が怖い。そうやってもっともっとと言いながら死んでいく可哀相な人間の、私も1人で、〈キヨコ〉たちの悲劇は全然他人事じゃない」
「扉」の主人公、キヨコの場合、今の部屋の前の住人が婦女暴行殺人で無期懲役を受けた〈小田啓太郎〉だと知り、引っ越しを決めた。通常、自殺や事件のあった部屋は〈事故物件〉といい、貸す際に報告義務が生じるが、早速内見に来た部屋の管理人〈アオシマさん〉も言うように、彼女のケースは事故物件には該当しない。だから新築を探したのだが、不動産屋が勧める築4年、その割に綺麗で格安なこの物件は掘り出し物ではあり、キヨコは前の住民の身元や室内の点検に余念がない。