それにしてもこの怖くてイヤ~な感じが、なぜ真梨作品では妙に心地よく迫ってくるのか。カギは氏がテクニカルライター時代に習得した文章術にあるらしい。
「プロを目指した映画の方は卒業制作で満足してしまった感じで、実は普通に電機メーカーに就職したんです。そこでワープロの説明書を作る部署に配属されたお陰で、私の場合は文章に目覚めたんです。
本書でもある人物が入力という言葉すら一般的じゃなかった時代にそれを説明する大変さをボヤいていますが、ワープロの何十頁にも亘る仕様書を、わかりやすく翻訳するのが私の仕事だったわけ。そしてそれは説明すればするほどわかりにくく、逆に端的にするほどわかりやすくなるというのが私の結論だった。つまりその原理や操作が理屈ではなく感覚でわかることが大事なんです。
その経験が小説にも生きていて、私は理屈より感覚に訴える小説を書きたいし、そこはエンタメを書く以上、譲れない線です。比喩を使う場合も多くは笑いを取るためだし、どんなに過酷な真実でもそれを心底伝えたい場合はそのものズバリを端的に書きます」
まさに読者を内臓レベルで抉る! と評される所以だろうが、筆名の由来となったザ・タイガースなど、スターがスターたり得た時代をこよなく愛する彼女の場合、イヤミスというよりは嘘の名手という印象が強い。
「今みたいに何でもオープンでフラットだとイイ芸術なんて生まれない気がするし、私は昭和脳だから、裏は裏のままであってほしい。Hな本だって親や奥さんに隠れて読むから興奮するわけでしょう。そのコソコソ感とか落差が創作の原動力だと思うし、鉄の扉は開けると酷い目に遭うっていう、これはほんの一例です!」
愛と技術に裏打ちされた極上の嘘、イコール芸術表現の神髄を隅々まで味わいたい、恐くて楽しい1冊である。
【著者に訊け】真梨幸子(まり・ゆきこ):1964年宮崎県生まれ。多摩芸術学園映画科(現・多摩美大映像演劇学科)卒。大手電機会社等を経て、2005年『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞しデビュー。『深く深く、砂に埋めて』で注目され、『殺人鬼フジコの衝動』は累計50万部を突破。著書に『更年期少女』『パリ警察1768』『鸚鵡楼の惨劇』『人生相談。』『5人のジュンコ』等。筆名は「中学の時に後追いでハマった」ザ・タイガース『僕のマリー』に由来。159.5cm、AB型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年4月24日号