夜の帳が下りたネオン街、居酒屋やスナックにふらりと姿を見せるギター弾き。横須賀・若松町でカズさん(68)といえば、ちょっと知られた流しのギター弾きだ。歌謡曲全盛の昭和40~50年代、神奈川県内だけでも300人はいたというが、今やカズさん1人になった。
「レパートリー? 楽譜なしで歌えるのは2000曲くらいだな」
愛用の12弦ギターを爪弾きながら、これまでの道のりを語ってくれた。17歳の春に青森の八戸から夜行列車で上京。以来50年、今もギターとともに夜の街を歩く。
「最初の10年は故郷の南部弁が抜けなくて、酔っぱらいに馬鹿にされたよ。けどね、歌ってるときだけは世界中が俺のもんみたいな気分になれるんだ」(カズさん)
昼間は介護老人施設を慰問で回り、夜の7時を過ぎた頃にネオン街にやってくる。黒のジャケットに派手なネクタイがトレードマーク。真冬でもコートやマフラーは着用しない。凍えそうな夜もかじかむ指先を擦り合わせて酔客の前に立つ。「死ぬまで歌っていくよ」と笑い、夜の街に消えていった。
撮影■江森康之
※週刊ポスト2015年4月24日号