日本における再生医療の中心は、骨髄や臍帯血(さいたいけつ)から採取した造血系幹細胞(血液を作る幹細胞)の白血病への骨髄移植である。一方で骨髄や脂肪から取れる間葉(かんよう)系幹細胞(骨、軟骨、脂肪を作る幹細胞)では、骨や心筋の再生などが行なわれている。しかし、骨髄からの採取は患者の体への負担がかなり大きく、脂肪も採取する際に侵襲(しんしゅう)がある。
2002年に、乳歯の歯髄(しずい、歯の神経を含む組織)から幹細胞が見つかった。現在、国内では年間約1000万本の歯が抜かれており、乳歯を加えると約2000万本が廃棄されている。これらの歯から歯髄を採取、幹細胞を取り出して培養し、歯槽骨(しそうこつ)や歯髄の再生を行なう臨床研究がすでに始まっている。
愛知学院大学歯学部口腔解剖学講座の本田雅規(まさき)教授に話を聞いた。
「歯科分野では、再生医療という言葉が普及する以前から、歯周組織の再生が行なわれていました。合成繊維の特殊な膜をドームのようにし、歯槽骨を再生させるGTR法や、エナメルマトリックスデリバティブというタンパク質を利用する方法です。歯髄から幹細胞が発見されたことで、再生医療がやりやすくなったといえます」
歯髄の間葉系幹細胞は、比較的採取が容易な上に、象牙質で守られているため、遺伝子が損傷しにくく安全という特徴がある。その歯髄の幹細胞を提供しているのが、再生医療推進機構の「歯髄細胞バンク」だ。臨床研究に際し、患者本人の歯髄から幹細胞を培養して冷凍保存し、細胞を移植するときに解凍して使用する。
歯槽骨の再生に歯髄の幹細胞を利用したところ、約3か月で骨が再生し、インプラントを埋入できるまでになった。また、虫歯を削った孔(あな)に幹細胞を入れて、歯髄を再生させる臨床研究も実施され、効果を挙げている。
「将来的には、歯髄の幹細胞を増殖保管し、他の人にも使える細胞製剤の原料として期待されています。これは献血と同じ考え方で、20歳未満の親知らずと乳歯をバンクに送ってもらい、そこから幹細胞を増殖して保存、細胞製剤の原料とします。骨や歯髄の再生だけでなく、I型糖尿病など、自己免疫疾患の治療にも応用できるのではないかと思います」(本田教授)
幹細胞は、白血球の型が同じでないと不適合を起こす。現在、バンクでは1000人から入手した細胞が保存されているが、これは日本人の人口の約20%しか適合しない。細胞製剤として、ほぼ100%普及させるためには、最終的に30万人分の歯髄を集めなければならない。
政府も再生医療の細胞製剤の原料として歯髄の幹細胞に注目しており、細胞を一般から集めやすくするルール作りの制定方針を発表した。抜いた歯の有効活用が待たれる。
■取材・構成/岩城レイ子
※週刊ポスト2015年4月24日号