4月15日早朝5時、愛川欽也さんが、肺がんのため都内の自宅で息を引き取った。80才だった。17日に密葬が営まれるまで愛川さんの死は明かされぬまま、遺体は自宅に安置されており、妻のうつみ宮土理(71才)が、最後の夫婦ふたりだけの時間を過ごしていた。
《愛川の強い意向で、病状を明かせなかったこと、深くお詫び申し上げます。愛川は最期まで仕事に復帰するつもりで頑張っており、皆様に公表することを頑なにお断りするよう申しておりました。》
18日にうつみが発表したこのコメントの通り、愛川さんは一切を公表せずに仕事を続けていたため、彼が病気であること、そしてその闘病生活を知るものはほとんどいなかった。 晩年、愛川さんがいかに壮絶な日々を送っていたか──。彼をよく知る芸能関係者が証言する。
「肺がんが発覚したのは昨年12月のことです。体調不良が続いたので都内の病院で診察を受けたところ、この時点ですでにがんは末期まで進行していたんです…。手術をすれば長期入院しなければならず、放射線治療にしても週5~6日の通院を最低でも2か月は続けなければいけない。どちらも、仕事に支障が出ることは避けられません。でも愛川さん、“おれは絶対に仕事に穴はあけない”って聞かなくて…。そこで彼が取ったのが、第三の選択肢となる『重粒子線』という治療法でした」
放射線に比べてもより局所的に、体内の深くまで届く重粒子線を照射するこの施術は、体への負担も少なく、治療期間も週3日の通院で、早ければ2週間ほどで終わる。
しかし、極めて高度な設備を必要とするため、日本国内ではわずか4つの病院でしか受けられない上、保険適用外のため、治療費は300万円を超える。
「愛川さんはこの施術に全てを賭けて、千葉県の病院まで通っていました。その治療の合間にレギュラーの『アド街ック天国』(テレビ東京系)に出演して、さらに新作映画の脚本も書いていたんです…」(前出・芸能関係者)
年明けからは在宅医療に切り替えた愛川さんは、2月4日の収録(放送は3月7日)で『アド街』1000回連続出演を達成。この節目に同番組を降板した。
「残念ながら治療の成果は芳しくなく、この頃はもう、がんは脊椎にまで転移していたんです。1000回目の収録当日も、愛川さんは高熱でまともに歩くこともできず、気力だけで収録したものの、その後都内ホテルで行われた記念パーティーにも参加できないほどでした」(テレビ関係者)
そして、3月に入ると自宅に介護ベッドや点滴器具が運び込まれるのが目撃され、「重病疑惑」報道が相次いだ。
うつみはこの間、「単なる風邪です」と重病説を否定していたが、愛川さんの死後、それは故人の遺志を尊重するがゆえについていた嘘だったこと、現実には自分のベッドを愛川さんの介護ベッドの隣に移してつきっきりで看病していたことが明かされた。
※女性セブン2015年5月7日号