【著者に訊け】林真理子さん/『STORY OF UJI 小説源氏物語』/小学館/1836円
紫式部がおよそ1000年前に描いた全54帖から成る『源氏物語』。光源氏亡き後、宇治を主な舞台とした「宇治十帖」(うじじゅうじょう)を現代に蘇らせたのが本作。光源氏にゆかりのある貴公子、薫と匂宮(におうのみや)が、浮舟を奪い合い、三角関係に陥っていく。やがて2人との関係に悩んだ浮舟は、自死をもってそれを終わらせようとするが…。
『源氏物語』の主役、光源氏が世を去ったのち、息子の薫、幼なじみの皇族匂宮(光源氏の孫)と、美女浮舟との三角関係を、都から離れた宇治に舞台を移して描く『宇治十帖』の世界を、フランスの心理小説を思わせるタッチで現代に甦らせた。
「瀬戸内寂聴先生が、『源氏』は『宇治十帖』がいちばん面白いと常々おっしゃっていて。現代的な三角関係という以上に複雑な関係性が描かれていて、どう書こうか、闘志をかきたてられました」と林さん(以下同)。
光源氏が主役の本編は、生霊となって恋敵にとりつく六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)を語り手にしたが、本書は三人称で、若い男女の群像劇として描いた。
「小説として非常にうまくできているなと思うのは、光源氏の物語が、薫たちの世代でも再びリフレインされることです。どうでもいいような気がしていた『末摘花』(すえつむばな)の物語も、『宇治十帖』で落魄の姫君を出すために用意されていたんじゃないかと思えるほど」
『源氏物語』の冒頭、貴公子たちがかわす、「雨夜の品定め」の場面がある。「誰からも忘れられた、寂しいあばら屋に、とんでもなく美しく可愛い女がいたりする」という仲間の言葉に導かれて空蝉(うつせみ)や夕霧といった女性に出会った光源氏と同じく、息子の薫も、遠い宇治の地に隠れ住む2人の姫君と知り合う。
妹君を匂宮に任せ、姉の大君と結ばれようとする薫だが、大君はそれを拒んで病死。失意の薫は、大君とそっくりな、異母妹の浮舟に出会い、わがものとする。薫の秘密の情事に気づいた匂宮は、薫になりすまして女に近づく。
「原文で、薫は甥の匂宮に敬語を使っていますが、もう少し対等にして、幼なじみでライバルで恋敵で、という関係を際立たせました。対抗心や嫉妬心が根深いからこそ、薫の好きな女を盗みたい、という感情の芽生えも自然になったと思います」
こわいもの知らずの匂宮は強引な手段で思いを遂げ、そんな匂宮に浮舟はひかれていく。
「誠実な薫、色ごとにたけた匂宮のあいだで浮舟は『心と体』が引き裂かれる、と言われますが、薫は薫で不誠実なところもあって、常に浮舟を姉の大君と比べたり。匂宮なんてほとんど犯罪。あのやり方は許せない、って思うほどです」
光源氏と比べると、薫と匂宮には「今どきの若者は」といいたくなる自分勝手さがある。年老いて自分ばかりを頼ってくる母親を、2人そろって重荷に感じているのもどこか現代的だ。
大人になれば、すばらしい貴公子が自分のもとを訪ねてきてくれるかもしれない。そんな当時の少女の夢をかなえた浮舟なのに、結局は入水自殺を企て、出家の道を選ぶのはどうしたことか。
「薫も匂宮も、本当に自分のことを愛してるんだろうかという疑問にたどりつくんですね。浮舟ってかわいそうだな、と思います」
浮舟の父八の宮は、仏教に傾倒し「俗聖」(ぞくひじり)といわれているが、正妻の姪に子供を産ませると、外聞を気にして娘だと認めない。何の後ろ盾もない女性の、貴族社会での立場はきわめて危うい。なにしろ、邸内で新顔の浮舟を見かけた匂宮など、いきなり廊下でことに及ぼうとするのだから。
「このときは乳母が体を張って防ぎますが、匂宮の妻となっている異母姉も見て見ぬふりで、自分の身は結局、自分で守るしかない。浮舟のような中途半端な立場の女性は、誰かの愛人になるか、さもなければ末摘花がそうだったように餓死寸前になるか。いずれにしてもかなり悲惨な状況に置かれていました」
取材・文/佐久間文子
※女性セブン2015年5月7日号