春画研究の分野で、若き女性研究者が活躍している。春画をテーマに初の博士号を取得した石上阿希氏は、江戸時代に多くの階層の男女が楽しんだ春画の再評価を目指す。彼女が夢中になった春画の魅力とはいったい何なのか。
世界中で日本文化を再評価する動きが高まっている。2013年に大英博物館で大規模な展覧会が開催された春画も例外ではない。春画復興の動きは日本国内にもある。春画研究は日本の大学では敬遠され、在野の研究者が長年にわたって手がけてきた分野だったが、そこに風穴を開けたのが石上阿希氏だ。
1979年生まれの石上氏は立命館大学文学部を卒業後、同大大学院で学び、2008年に日本で初めて春画をテーマにした論文で博士号を取得した。その博士論文が初の著書『日本の春画・艶本研究』(平凡社刊)として上梓された。石上氏はこの4月から国際日本文化研究センター(日文研)の特任助教を務め、2009年から隔年で立命館大学の教壇にも立っている。
「講義では無修正の春画を教材にしています。最初の頃は春画の表現に驚く学生も多いようですが、私があまりに淡々と授業を進めるので教室はシ~ンとしていますね」
春画は江戸時代からたびたび出版規制の対象となったが、武家から庶民まで圧倒的な支持を得た。正月の縁起物や婚礼の調度品としての需要が高く、火除けや戦勝の祈願物でもあった。
だが明治以降、春画は「猥褻物」のレッテルを貼られ、地下に潜らざるを得なくなった。春画の蒐集や研究は、好事家たちの密かな楽しみとなる。
「春画にポルノの側面があることは否定しませんが、それだけで切り捨ててしまうのはもったいない。春画は衣装や髪型など、時代風俗の貴重な資料です。古典作品からの影響や絵師の発想と画力、職人たちの卓越した制作技術など、文化史的に見ても重要な要素が詰まっています」
しかし、日本の学術界の一部には春画を蔑視する風潮もあった。春画・艶本の所在目録すら整備されず、「鈴木春信ほどの絵師が春画を残したことを悲しく思う」と嘆く学者さえいた。
そんな中、林美一氏や白倉敬彦氏ら在野の人材が春画研究の第一人者となり、国内外に散逸した春画の情報を整理し、無修正の出版に先鞭をつけた。2000年代に入ると多くの美術雑誌や書籍が春画を掲載した。
石上氏の新著には、中国書物を反映した初期の日本春画、近世で上方春画が江戸春画に与えた影響、明治以後の取り締まり、さらには大英博物館春画展の一部始終と、春画の源泉から発展を網羅してある。
「私は偉大な先人たちの研究成果の内側をぐるぐる回っているだけ。さらに研究を深めて早く“本丸”にたどりつきたいのです」
※週刊ポスト2015年5月8・15日号