日本を敵視しつつも、憧れを抱いてしまう中国人。実際に日本を訪れれば、日本人の「おもてなし」の精神やマナーの良さに魅了される。日本の実情を目のあたりにして帰国後、ネットを通じて日本を礼賛する中国人も多い。東京大学大学院法学政治学研究科教授でアジア政治外交史を専門とする平野聡氏がその根底にあるものが何かを解説する。
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日本に憧れる中国人がいる一方で日本を嫌悪する中国人も少なくない。それは共産党が「日本が釣魚島(尖閣諸島を一般的に指す)を奪った」、「日本は戦争でひどいことをした」と常時人民にプロパガンダした結果だ。
実際に抗日戦争を正面から戦ったのは中国国民党だが、共産党は自らの英雄的な戦いで抗日戦争を勝ち得たというストーリーを作り上げ共産党支配の根拠としている。共産党は、幹部の腐敗などの矛盾が明らかになるほど、抗日という「分かりやすい物語」を繰り出して護身するため、それを刷り込まれた一般民衆は日本への複雑な思いを抱く。
現在習近平は、躍進する中国が世界の中心に返り咲いて世界に恩恵をもたらすという「中国夢」(チャイニーズ・ドリーム)を掲げる。ところが、そんな中国の人々がいざ海外に出ると、ビザ免除の主要国が少なく、多くの国の入国カウンターで待たされることが多い。
これに対して日本のパスポートはビザ免除または簡便なビザ取得に恵まれ、入国審査も早く、「世界最強」クラスである。多くの中国人は「中国は平和的に発展して豊かになったのに、国際社会で日本より評価が低いのは何故か」と嘆く。
その理由は明白である。経済発展したとはいえ、中国の内情はいまだ生存競争の激しいカオス(混沌)であり、何かを得るには他人を押し退ける必要があり、法の支配が及ばず、汚職が横行する。しかも毛沢東の苛政やその後の激しい競争社会で、人々の相互信頼は弱まってしまった。中国人は100年前に孫文が嘆いた「バラバラな砂」のままである。
自国の同胞すら信用せず、自分さえよければ何をしても良いという態度の延長に昨今の周辺外交があり、各国の警戒を招いている。
こういった国際社会からの信頼性の欠如は中国人に大きな不安を与える。日本を意識し、日本のようになりたいが、国際社会は日本ほど中国を評価しない。日本に対する憧れとコンプレックスが複雑に絡み合い、日本の些細な行動にも過敏に反応するのが現在の中国なのである。
一方、抗日戦争勝利が政権存続の唯一の正統性である共産党にとって、中国が日本を目指して模倣を続け、結果として日本になり損ねた劣化コピーであるという「不都合な真実」はますます覆い隠す必要がある。
今後も共産党は自らの権力を維持するため、常に日本の先例に学ぶ一方、反日プロパガンダを完全に止めることはないだろう。
※SAPIO2015年6月号