社会学者・橋爪大三郎氏と元外務省分析官・佐藤優氏がアラブの春に揺れた中東諸国について語り合った。今、二人が注目しているエリアはどこなのか。
佐藤:日本ではあまり問題になっていませんが、私はいまカタールに注目しているんですよ。実はカタールでテロが起きたことがない。それはなぜか。
乱暴にいえば、カタールは「ハマス」(*1)にも「イスラム国」にもみかじめ料を払っているから。
【*1ハマス/ヨルダン川西岸とガザ地区に拠点を置くイスラム組織。1987年に発足し、イスラエル打倒とイスラム国家樹立を標榜。「イスラム抵抗運動」を意味するアラビア語に由来】
橋爪:その構図を聞くと戦前の旧陸軍と右翼や過激派の関係と似ていると感じます。旧陸軍は、右翼や過激派の活動を抑えていたのか、けしかけていたのか……よく分からないようなことをしている。でも、その両方を使い分けながら右翼や過激派をコントロールしていたわけです。
佐藤:そのカタールを隣のサウジアラビアがコントロールできるか、といえばそれも期待できない。
いまの中東情勢、イスラム過激派の動きを見る場合、サウジアラビアとワッハーブ派を抜きには語れません。
イスラム原理主義やテロ運動のほとんどは、スンナ派(*2)のハンバリー学派から出ています。スンナ派は大きく4つの法学派に分かれていますが、ハンバリー派以外の3つは政治的にトラブルはありません。このハンバリー学派のひとつにワッハーブ派があります。
【*2スンナ派/ムスリムの約85%を占めるイスラム教最大宗派。預言者・ムハンマドの死後、後継者を巡り、ムハンマドのスンナ〈慣行・規範・先例〉を継承することを志したスンナ派と、ムハンマドの血統の継承を重視したシーア派に分かれた】
創設者のワッハーブは、18世紀半ばにサウジアラビアの王家と力を合わせてワッハーブ王国をつくり、それがやがて現在のサウジアラビアになります。ですから、いまもワッハーブ派はサウジアラビアの国教で、ムハンマド時代の原始イスラム教への回帰を目指して極端な禁欲主義を掲げています。また過激派ともつながりが深く、「アルカイダ」も「イスラム国」もワッハーブ派の武装組織ですし、アフガニスタンのタリバンやチェチェンのテログループも、その流れをくんでいます。
※SAPIO2015年6月号