日本のパスタ料理に燦然と輝くのが「ナポリタン」だ。アルデンテを一切無視し、主な味付けはケチャップという繊細さを欠くパスタが、無性に食べたくなるときがある。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が、郷愁のナポリタンのコツを伝授する。
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やわらかく茹でられたスパゲッティを、とろりとしたケチャップで香ばしく炒め上げる――。そんなナポリタンが、近年再評価されている。それも新橋の「ポンヌフ」、大手町の「リトル小岩井」、有楽町の「ジャポネ」、神保町の「さぼうる」など昔ながらの専門店や喫茶店で提供される、個人店のナポリタンが、だ。
人類史上最高とも言われる現代日本の食環境では過去の「うまいもの」は上書きされ続ける。言い換えるなら、ふだん私たちが口にするメニューは、たいてい“上位互換”がきく状態なのだ。和食、洋食、中華を問わず、世の多くのメニューは、よりいい素材で、より技術のある作り手がていねいに作れば、よりおいしくなる。
もちろんパスタやスパゲッティも例外ではない。ミートソース、カルボナーラ、グラタンなどたいていのメニューは、研鑽を積んだ新しい味のほうがおいしく感じられる。麺のクオリティ、ゆで・まぜの技術、そしてソースなどの味つけ。現代の飲食店で提供されるメニューのレベルは高い。記憶の味=最高の味にはなりにくい時代でもある。
ところがナポリタンは違う。最高の材料と技術が「最高のナポリタン」になるとは限らない。理屈を郷愁が凌駕するのも「ナポリタン」の魅力である。
定説では、ナポリタンが誕生したのは戦後まもなく、横浜の「ホテルニューグランド」だと言われている。その作り方をひもとくと「「ニューグランド」のナポリタンは、7割方茹でたパスタを冷まし、5~6時間置いてからさっと湯通しする」(『ニッポン定番メニュー事始め』著・澁川祐子/彩流社)というもの。ゆで置き麺を再び温めて、ソースと合わせる……。近年「やわらかいうどん」として認知を拡大する伊勢うどんにも似た麺ゆで手法で、日本人の舌に合うようナポリタンの食感はカスタマイズされた。
その後、ナポリタンは喫茶店や洋食店に入っていく。昭和30年創業の「さぼうる」をはじめ、昭和40年代には「ジャポネ」「ポンヌフ」「リトル小岩井」「ジャポネ」といったナポリタンの“名店”が創業した。そうしてナポリタンは家庭や学校給食へと広がっていった。確たるレシピが手渡されるのではなく、口伝が広まり、各作り手が少しずつ工夫を重ね、ナポリタンの「郷愁」は形成されていった。
ではその「郷愁」にたどりつくためのキーはなにか。ずばり「焼き」「置き」「油」である。それぞれの加減は無限にあるが、この3要素の組み合わせでナポリタンにまつわる課題はほぼ解決される。既存の飲食店で「郷愁」に巡り会えず、自宅の台所でフライパンと対峙するときの一助にしていただければ幸いである。