【書評】『ラスト・ワルツ』柳広司/角川書店/1512円
【評者】末國善己(文芸評論家)
第2次大戦前夜を舞台に、スパイたちが繰り広げる頭脳戦を描く『ジョーカー・ゲーム』シリーズは、亀梨和也、伊勢谷友介の主演で映画化もされた著者の代表作である。
本作は、世界各地で暗躍するスパイを描いた3編を収録。物語は独立しているので、結城中佐が陸軍内に作り上げたスパイ養成学校「D機関」の卒業生たちを主人公にしている、という設定さえ知っておけば、戸惑うことなく作品世界に入っていけるはずだ。
特急〈あじあ〉号に乗り込んだ瀬戸は、ソ連のスパイに情報提供者を殺されてしまう。車内に潜むスパイに命を狙われた瀬戸が、次の駅に到着するまでに犯人を探し出す必要に迫られる『アジア・エクスプレス』は、サスペンスと誰がスパイかを推理する謎解きの融合が鮮やか。
『舞踏会の夜』は、運転手と駆け落ちするなど自由奔放に生き、同性愛者の陸軍エリートと偽装結婚した華族の令嬢が、自身の半生を回想していく。ミステリーの要素がない恋愛小説に思えるだけに、ラストのどんでん返しには圧倒されるだろう。
ナチスの宣伝大臣ゲッベルスが、映画の撮影所に幽霊が現れると言った。最終話『ワルキューレ』では、ドイツに送り込まれていた雪村が、幽霊の正体を調べることになる。
結城中佐の教え子は、生き残るために、軍人精神を批判し、日本の常識を疑う論理的な思考を叩き込まれている。
危機的状況を冷静な判断で乗り越えるスパイたちは、非合理なロマンや伝統を重んじやすい日本人への批判になっているのである。
※女性セブン2015年5月28日号