歌舞伎、能、文楽など伝統芸能に見いだされる“日本なるもの”をノンフィクション作家・上原善広氏が浮き彫りにする新シリーズ「日本の芸能を旅する」。今回紹介する義太夫(文楽)の人間国宝、竹本住大夫氏が橋下徹大阪市長が明言した「助成金カット」騒動について口を開いた。
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「文楽は敷居が高くて」
助成金カット騒動のとき、橋下徹大阪市長がそう言うと、竹本住大夫は「敷居を低うしてお待ちしてます」と返した。
しかし住大夫の引退のとき、橋下市長は「これからは後進の育成を頑張ってください」と言いながら、今年度からの助成金撤廃を決めている。
「あの方は、口だけ達者でんな」
住大夫はガッカリした顔でそうつぶやいた。
「しかし、亡くなった歌舞伎の18代目中村勘三郎さんは、生前『河原乞食としての矜持を忘れてはならない』と話していましたが、いかがですか」
私がそう訊くと、住大夫は「同感ですッ」と答えた。
「万が一、助成金が無くなったら、三和会の頃みたいに、巡業したらええと思てます。落ちるんやったら、若いときです。若い時にとことんまで、落ちた方がええ。そしたらどうなるか、と思うことがある」
しかし同時に、住大夫はこうつぶやいた。
「せやけど助成金も、そら、もらえるもんは、もろうといた方がええと思います」
住大夫のこの言葉に、大阪人としての強かさと、苦労が滲んでいる。若手に苦労はしてほしいが、かといって自分のような金銭的苦労はさせたくないという、複雑な思いがあるのだ。
※SAPIO2015年6月号