【書評】『水木しげるの泉鏡花伝』水木しげる著/小学館/1600円+税
【評者】嵐山光三郎(作家)
お化け好きの水木しげるが、お化け好きの泉鏡花の評伝をコミック化する、という企画がぴたっと当たって、面白いのなんの。鏡花にはまりこむとやみつきになるけれども、いざ読みはじめると明治時代の硯友社系文語体だから、中途で行きづまってしまう。
さてどのように描くのか、と案じつつ読むと、これがカンペキである。監修は鏡花研究の第一人者である秋山稔(泉鏡花記念館館長)で、水木プロダクションの考証がしっかりしている。
金沢生まれの鏡花が上京して尾崎紅葉の弟子となり、玄関番となったのは十八歳(明治二十四年)であった。以後六十七歳で没するまで、三百編余の小説を書いた。
金沢の実家が焼け、父が没して生活のめどがつかず、自殺しようとしたところを紅葉にはげまされて、生きのびた。偏屈で、化け物を愛し、異界の幻想のなかを生きた鏡花の生涯が、わかりやすく、急所をつかんで描かれている。
鏡花のお化けには、わけありのお化けと、理由のないお化けと二通りがある。二つの作品がコミック化されていて、ひとつは『黒猫』で、殺された盲人の怨念が黒猫にとりつく。もうひとつは『高野聖』で、旅の僧が山中の別世界で美しい娘、じつは妖怪にあう。『高野聖』は劇場で上演されて、鏡花の代表作となったけれども、水木版の妖怪女がしっとりと色っぽい。谷川で衣服を脱いで旅僧を誘惑するシーンが圧巻です。
この女の手にかかると、馬にされちまうんだからね。このお化けは、もともとお化けだったから、理由のないお化け。水木コミックのお化けもこちらのほうです。鏡花最後の小説『縷紅新草』は金沢を舞台にした墓参小説で、三島由紀夫が絶賛して影響をうけた白日夢のお化け譚。
北陸新幹線が開通して金沢へ旅する人がふえた。これ一冊を読んで金沢へ行けば、美しいお化けガイド嬢が、もうひとつの金沢を案内してくれる。鏡花を読みたい人の案内書としてぴったりで、さすが水木しげるだ!
※週刊ポスト2015年6月5日号