歌舞伎、能、文楽など伝統芸能に見いだされる“日本なるもの”をノンフィクション作家・上原善広氏が浮き彫りにする新シリーズ「日本の芸能を旅する」。今回紹介する義太夫(文楽)の人間国宝、竹本住大夫氏が文楽の将来を語る。
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危機的状況にある文楽だが、世代交代と共に、若手も着々と成長している。若手一番人気は、40歳の豊竹咲甫大夫だ。NHKの「にほんごであそぼ」にもレギュラー出演している。
実は咲甫大夫の祖父は、文楽の三味線弾きだった。父は跡を継がなかったが、孫である咲甫大夫は義太夫になり、弟は三味線の鶴澤清馗として活躍している。
「文楽は、まず義太夫の語りで全て動く。そこに惹かれました。お客さんにも、人形だけでなく、義太夫も見てもらえるくらいになりたいと思っています」
文楽は、歌舞伎のように世襲ではない。現在は後進育成のために設置された国立の養成学校の卒業生が、半数以上を占めるようになった。そんな中、咲甫大夫は「文楽のエリート」と言えるだろう。
咲甫大夫の語りは、その名の通り、パッと花が咲いたように爽やかで明るい。聴いていて惚れ惚れする。
しかし、そんな現在の観客を惹きつける咲甫大夫にも、住大夫は手厳しい。
「あれはもったいない。顔もええ、声もええ。お客さんもそこそこ呼べる。せやけど、下手が上手ぶってやるな、と言うんです。自分の欠点を知らん、天狗になっとる。それに気づいてない」
咲甫大夫に、その言葉を伝えると、苦笑いした。
「住大夫師匠は、ぼくらにとっては大名人。サムライみたいなものです。まだまだ雲の上をつかむような感覚です」
では現在、期待する義太夫はいるかと、住大夫に訊ねると、「おりまへんなッ」と断言した。確かにこれは厳しい。しかし、それほど今の義太夫、ひいては文楽に危機感を持っている、ということだろう。
最後に、ふと「そういえば、以前は煙草を吸われていたそうですが」と訊ねると、住大夫は笑った。
「昔、花柳界に贔屓にしてたのがおったんですが、その子から『大夫がタバコなんか吸うたらアカン』と、取り上げられたんで、止めたんですわ。うちの嫁さんからも『あんたは私の言うこと聞かんと、他所の女の言うことは聞く』と、怒られましたわ」
「私は悪声だす」と謙遜する住大夫の色気は、こういうところに秘密があったのだ。
※SAPIO2015年6月号