【著者に訊け】堂場瞬一さん/『夏の雷音』/小学館/1836円
【あらすじ】東京・神保町にあるギターショップから、1本のエレキギターが消えた。それはアメリカのオークションで、1億2000万円で落札された幻の名器「ギブソン58」。高校の後輩でギターショップの店主・安田から相談を受けた明央大学准教授の吾妻幹が調査に乗り出したが、安田は惨殺死体で見つかる。神保町をこよなく愛する吾妻は、果たしてギターの盗難と殺人事件の真相に近づけるか──。
東京・神保町が舞台のミステリ、というより町そのものが主役といいたくなる存在感がある。冒頭に出てくるのが「キッチン南海」のカツカレー、というのでニヤリとする人も多いはずだ。
「高校生の頃から30年以上通い続けた町です。スポーツ用品店に行って部活の練習用具を買い、本屋に寄り、レコード店と楽器店を冷やかす。これが1日コース。行動パターンは今もほとんど変わってません。ぼくは引っ越し魔なんですけど、神保町を起点に住む場所を考えてますね」
それほど愛着のある町を描くとき、題材として選んだのは誰もが思い浮かべる古本ではなく、ギターだった。
「古本ミステリっていうのは海外の作家も結構、書いているし、それだと普通の発想です。この町の三大産業である書籍と音楽関係とスポーツで、いちばんお金が落ちる額が大きいのは何だろうと考えてみたとき、意外に楽器って単価が高いよな、と思ってギターをめぐる話になりました。まあ、完全にぼく自身の趣味の世界の話で、いつになく自分の好み、裸の自分がもろに出ています」
詳細は明かしてもらえなかったが、堂場さん自身、これまでに数多くのギターを手にしてきたらしい。素人には驚きだが、ヴィンテージギターに1億円を超える値段がつくことも、ありえない話ではないそうだ。
小説の主人公は、この町で生まれ育ち、町内にある大学に准教授として勤める吾妻幹。旧知のギターショップ店主に、オークションで競り落とした高価なヴィンテージギターを盗まれた、と相談を受けたことから、失われたギターの謎を追う。
おっとりして憎めない通称「カン先生」は、硬派な主人公の多い堂場作品では異色のキャラクターだ。
「普段はもうちょっとビシビシいくのでちょっと書きにくかったですね(笑い)。彼の好奇心は人一倍強くて、大学の先生なら、こういうシステマティックな調べ方をするんだろうなと話を進めていきました」
友人の死の真相に迫っていくカン先生を、周りの人が助ける。地上げの波をかぶりはしたが、どこか下町らしい気風が残る神保町、という設定が生きる。
堂場さん自身の印象に残る神保町体験は?
「若いときですけど、ギターを買いに行って、予算が微妙にぎりぎりで、店の人にそう言ったら『じゃあ電車賃の分だけ引いてあげる』って。そういうやりとりが残ってる町だと思います」
デビュー14年。この本が93冊目で、今年中に100冊目の著書が出る予定だ。
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2015年6月11日号