軍事ジャーナリストの井上和彦氏が、存命の日本軍エースパイロットたちが語る戦場秘話を集めた話題の新刊『撃墜王は生きている!』(小学館)。同書のなかで、もっとも話題を呼んでいるのが、ラバウルで43機を撃墜した日本海軍のエース、本田稔元少尉の証言である。92歳で今も存命中の本田氏は、同書の中である日の戦闘を振り返りながら、当時の心境を語っている。
* * *
(昭和17年、ガダルカナルでの)敵戦闘機掃討戦では、2機のF4F「ワイルドキャット」を撃墜した本田兵曹(当時)だったが、もう1機のF4Fが本田機の後方に食らいついてきた。不意をつかれた本田兵曹は、なんとかこの敵機の追撃を振り切ろうと日本軍秘伝の「ひねり込み」を繰り返した。「ひねり込み」という技法は、左斜め上方へ向かって宙返りし、頂点で機体を横滑りさせて急転回して敵機を振り切る技法だが(諸説あり、人によって名称も違う)、敵機は執拗に本田機を追い続け、「ダダダダッー!」と12.7ミリ機銃を撃ってきた。すると、敵機が放った機銃弾が左翼に大きな穴を開けたのである。
本田兵曹も必死だった。敵の射線から逃れようと、これまでに培った操縦の技を総動員して自機を操った。そして、敵機があきらめていなくなったことを確認した本田兵曹は仰天した。なんと、操縦席の床に大きな穴が開いていたのだ。本田氏は、両手で10センチほどの輪を作りながら眉間にしわを寄せて言う。
「弾は、私の左肩をかすめ、股の間を抜けて床板をぶち抜いていたんです。飛行服の肩の部分も裂けていましたが、身体に当たらなかったのが幸いです。けれども、弾が抜けた床には大きな穴が開いたんですよ。それでその穴から海が見えるんですよ。なにかその穴に吸い込まれるような気がしましてね。これは怖かったですね」
それにしても、こうした混戦状態となる空中戦で、それ自体に恐怖を感じないものだろうか。
「僕は空戦で恐怖を感じたことはまったくなかったですね。戦争中に、死ぬとか、生きるとかということを考えたことがないんです。ただ、墜とされたくないという気持ちだけでした。だって、墜とされたら、もう飛行機に乗れんでしょう。飛行機に乗りたい、ただその一念だけでした」
※井上和彦・著/『撃墜王は生きている!』より