安全保障法制の見直しをめぐる国会論議が、にわかに迷走し始めた。国会の参考人に呼ばれた憲法学者3人がそろって「安保法案は憲法違反」と述べたからだ。
うち1人は自民党推薦だったから、泣くに泣けない。安倍晋三政権は背中を鉄砲で撃たれたも同然だ。自民党は心の中で「多数があるから法案成立は確実」と楽観ムードに浸っていたのだろう。緊張感のなさがしっぺ返しを招いた。
それでなくても小難しい話なのだ。国民は分かりやすい展開にこそ注目する。「ナメた態度の与党議員に重要案件を任せたくない」と感じるかもしれない。
そう指摘したうえで違憲説をどう考えるか。これは突然、出てきた話ではない。最高裁はとっくに結論を出している。憲法の番人である最高裁は1959年の砂川判決で安保条約が違憲かどうかの判断は「司法審査権の範囲外」という判決を下している。
当時の田中耕太郎最高裁長官は「今日はもはや厳格な意味で自衛の観念は存在せず、自衛は『他衛』、他衛はすなわち自衛という関係があるのみ」「自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家的利己主義であつて、真の平和主義に忠実なものとはいえない」という補足意見も付けた。
裁判は駐留米軍が違憲かどうかが問われたものだが、集団的自衛権を視野に入れた最高裁の論及を重く受け止めるべきだ。時計の針を巻き戻すような議論よりも、現実世界に対処するのが政治の役割である。
もう一点。先週のコラムで政府・与野党はなぜ中国の脅威に向き合わないのかと書いた。維新の党の松野頼久代表は6月6日のテレビ番組で「憲法改正している時間がないほど危機があるなら伝えてくれ。それなら早期成立に協力する」と述べた。
安倍首相は国会で松野代表の質問に「地域との関係があるから」という理由で国の名指しを避けた。とはいえ具体的な脅威の認識が鍵を握っているのは、この松野発言からも明らかである。
■文・長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ):東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)
※週刊ポスト2015年6月26日号