香港の出版社から昨年3月に発売されるやベストセラーとなり、いまなお売れ続けている一冊の本がある。
その本とは2012年に米国に亡命した反体制作家・余傑氏による『中国教父 習近平』。中国本土での販売は禁止され、香港からの持ち込みも厳しく禁じられている。持ち込みがバレると直ちに没収されてしまうという“禁書”だ。
ところがそうした扱いにもかかわらず、発売から1年余り経った今もなお、同書の人気は高い。発行元の開放出版社によると、すでに2回も増刷されている。出版市場が冷え込む香港では異例の売れ行きであり、人々の関心の高さを物語っている。
「当店だけで発売から500冊以上は売れています。わずか1年でそれだけ売れたケースは他に例がありませんね。今でも毎月20冊以上は売れ、数ある習近平本の中で一番です」
そう語るのは香港の“禁書専門書店”「人民公社」のトウ子強社長だ。
『中国教父』はそもそも出版に至るまでが波乱の連続だった。まず一昨年10月、当初出版する予定だった香港の出版社の責任者が本土の広東省・深センにて公安当局に拘束されたことで、出版を断念した。次に出版を予定していた会社は、発売中止を求める脅迫電話を受けてそれに屈した。そして最終的に昨年3月、香港の開放出版社でようやく発売にこぎ着けることができたという。
中国政府がこれだけの圧力を掛けるのは極めて異例の事態である。
発売前から当局の圧力がかかったのは、著者・余傑氏が中国国内では名高い作家であったことが大きい。「事実に基づいて優れた分析をしている」との定評がある余傑氏が、習近平を批判する本を出せば耳目を集めるのは当然だ。その影響を恐れた当局はムキになって出版阻止にかかった。
しかし逆に、「当局が動くのは、それだけ内容が正確で政権の痛いところを突いているのだろう」と話題となり、発売直後から爆発的なヒットとなったのだ。実際に内容への評価も高い。
「この本は習近平の仕事ぶりや政策だけでなく、個人的な性格や経歴にまで踏み込んで鋭く分析・批評しているから内容が濃いのです」(前出・トウ子強社長)
しかも、その余波は今、新たな影響を与えはじめている。
「この半年の間に習近平関連本は20冊近く出版されましたが、どの本も『中国教父』を引用したり、参考にしていますね。この本の影響力は今でも大きいです」(トウ子強社長)
同書は今や、質実ともに「反習近平」を語る上での“バイブル”になっているのだ。
※SAPIO2015年7月号