【書評】『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』阿古真理著/新潮新書/本体780円+税
阿古真理(あこ・まり):1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学卒業。広告制作会社を経て作家・生活史研究家。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『「和食」って何?』(ちくまプリマー新書)、『昭和育ちのおいしい記憶』(筑摩書房)など。
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
本書は、戦後になってから今日までに人気を博した主要な料理研究家(料理本や料理番組でおもに家庭料理のレシピを提供する専門家)を十数人取り上げ、論じた作品。〈人気となる料理研究家にはその時代に登場する必然がある〉と著者が書くように、それぞれの料理研究家のレシピにはそのときどきの主婦の社会的な立場や女性の生き方などが反映されている。
典型が、タイトルにも名前を使われている小林カツ代と栗原はるみ。〈家庭料理の世界に革命を起こした〉と著者が評価する小林カツ代は、女性の社会進出が進み、働く主婦が増えた1980年代に全国的な人気を博した。そのレシピの特徴はそれまでの〈常識をくつがえすような時短料理〉で、仕事と家庭を両立させるための簡単だが美味しい料理を提唱した。
一方、1990年代以降、「カリスマ主婦」として幅広い世代の女性に人気を博しているのが栗原はるみ。栗原には高い社会的地位と高収入があるばかりか、元テレビ司会者(栗原玲児)との間に2人の子供を育てて(1人は料理研究家・栗原心平)幸せな生活を送るなど、主婦としてのすべてを手にしている。そんな彼女のレシピ本は、レシピを提供するだけでなく、自宅のキッチン、リビングを公開し、生い立ちをエッセイに綴るといった具合に、ライフスタイルそのものを見せる。
この他、近年の「昭和のおふくろの味」や「男子ごはん」のブームと料理研究家の関係なども論じる。
社会学的な視点から料理研究家を論じるという本書のテーマは新鮮であり、気になったレシピは実際に作ってみて、その料理研究家の世界観を探るという著者の姿勢にも好感が持てる。意欲的な作品であり、成果豊かな秀作だ。
※SAPIO2015年7月号