【書評】『はるかな旅 岡上淑子作品集』岡上淑子著/河出書房新社/3700円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
ドレスをまとった若い女性の肉体、首から上は白い手袋をはめた複数の手。背景にヨーロッパ風の室内、そこにシャンデリアがきらめき、さらに窓の奥に見えるのは雲に隠れた月と、どこからか呼び寄せるような無骨な手。
岡上淑子の国内初の作品集として刊行された本書の表紙を飾る「刻の干渉」と題されたコラージュ作品である。全体に静謐な印象ながら見る者の意識を混乱させるのに、とてつもなく美しい。シュールレアリスム(超現実)と呼ばれる彼女の作品が「再発見」されたのは近年のことだ。
岡上は一九二八年生まれ、文化学院在学中の五〇年にコラージュ作品の制作を開始した。その材料としたのは進駐軍が残していった雑誌「LIFE」や「VOGUE」のグラビアである。写真から手や顔などをハサミで切り取って箱の中に納め、やがて作品となる時を待った。
当時の岡上は作品を「彼女」と表現し、〈彼女の誕生に、新たな期待と不安を覚えながら私の指がはしゃいだ日。海を翔る性、苦悩のレダ、郷愁の罠、……と青い空気の中で彼女達の歌声は鮮でしたのに〉と書き、作品が〈私達は自由よ〉と誇らしげにささやくとも綴っている。
美術評論家の瀧口修造に絶賛され、個展などを開催、雑誌にも発表するなどしたが、五〇年代末、結婚を機に制作から遠ざかっていた。それから年月が過ぎ、ある写真史家が彼女の作品に着目して四十四年ぶりの個展が開催された。これをきっかけに国内外から高い評価を得て、ヒューストン美術館などが作品を買い上げる。
岡上は現在八十七歳。〈女性の心のひだを視覚化すると、こんな辻褄の合わない光景になり、それが、そっとのぞいてみたいようなコラージュという作品になったのでしょうか〉と振り返る。彼女の作品はいささかも古びず、強く訴えかける力を放っている。
今、美術界では二十世紀の女性アーティストの斬新な表現を見直す動きがある。なかでも岡上はとびきりクールな存在だ。
※週刊ポスト2015年6月26日号