スポーツに誤審はつきものだが、競馬とて例外ではない。
「その馬券、オレのんや」「ワシもここに当たり馬券捨てたで」
大阪市北区の梅田場外馬券売り場、午後7時。問題のレースが終了してすでに8時間近く経ったというのに、ゴミ箱から見つかった当たり馬券3枚、払戻金の合計7万290円を巡り、9人が「オレのや」「ワシのや」と“所有権”を主張して揉めていた。
1986年5月31日、阪神競馬場で、日本競馬史上、前代未聞の誤審事件が起きた。
先頭の3頭がほぼ横一線でゴールし、レース結果は写真判定に。7分後、3人の審判員がモノクロのネガ写真によって1着を5枠7番ムーンダツァー、2着を4枠6番グレートパスカル、3着を5枠8番ロングヘンリーと判定し、枠番連勝「4-5」の払戻金8590円と発表された。
ところが、その17分後、カラーのポジ写真とスロービデオで確認したところ、2着と3着が逆だったことが判明したのである。もともとゼッケンの番号が確認できず、モノクロだったこともあり、3人の審判員が全員、騎手の服装を見誤っていたのだ。
正しい枠連の着順は「5-5」で、払戻金は2万3430円という超大穴馬券だった。
日本中央競馬会は3時間後になって誤審があったこと、そして4-5、5-5の両方を当たり馬券として払い戻しをすることを場内放送で発表した。
誤審発表までに3時間もかかったことがさらに問題を大きくした。発表後に場内、場外の馬券売り場で「5-5を捨ててしまったやないか」と怒鳴り込む客や、5-5の馬券を探してゴミ箱を漁る客が続出し、警察官が出動する大騒ぎになったのだ。
事態は訴訟にまで発展する。
5-5の馬券をそれぞれ2000円分(払戻金約47万円)、1万円分(同約234万円)買ったが、捨ててしまったと主張する2人の客が中央競馬会を相手に訴訟を起こした。客が記憶していた購入金額と、残っていた馬券販売のデータが一致したことから2人は主張を認められて一審で勝訴。中央競馬会は「当たり馬券の所有者にだけ払戻金を支払う」との姿勢を崩さず、控訴したが、二審の大阪高裁でも客側が勝訴した。
ちなみに冒頭の騒ぎは、払戻金を7810円ずつ分け合うことで一件落着。一方で、5-5の馬券4912枚のうち1400枚以上は払い戻されないままだった。意外に諦めのいい人が多かったのかもしれない。
参考文献:『競馬の裏事情 疑惑の闇歴史』(渡辺敬一郎著)
※週刊ポスト2015年6月19日号