2年連続で臨時賞与を全社員に給付するなど絶好調の松井証券。社員120人の少数精鋭ながら証券界をリードする同社を率いるのは、かつて日本郵船で11年間勤め、オーナーのひとり娘との結婚を機に転職し、義父のあとを継いだ業界の風雲児だ。作家の杉山隆男氏が、日本の証券会社で初めて「訪問セールス全廃」を決断した松井証券社長の松井道夫社長に聞く。松井氏は義父で松井証券2代目社長・松井武氏のことを「おやじ」と呼ぶ。
──松井さんは行かれて、ちょうど20年社長をつづけてきた。その舞台を降りるときを考えることはあります?
松井:これはおやじが明確にいってるんです。おやじは江戸っ子だから補足説明しないんですよ。結論をビシッといっちゃう。「道夫さん、73歳までだから」と。
──お父さんはいつも松井さんのことをそう呼んでいたんですか。道夫さん、と。
松井:そうです、呼び捨てにせずに、道夫さん。それでこういうんです。「73歳のじいさん、ばあさんのいうことを聞いちゃ駄目だよ。なぜか、わかるか? ずるくなるから」。この一言なんです。年をとると、知識とか経験が豊富なだけに、ずるくなってしまうというんです。だから73歳以上のいうことを聞いちゃ駄目だよというのが口癖だった。
──お父さんは73歳のとき、どうされていました?
松井:それがね、おやじは有言実行したんですよ。僕が正式に社長に就任したのは20年前の1995年ですが、このときおやじは会長からただの相談役になっている。でも、すでにその4年前に僕は実質的な社長として松井証券の経営をすべて任されて、外交セールスの廃止などをはじめたんです。そのときおやじは73歳、だから彼は言葉通りその歳で隠居したんです。
──73、なぜその歳で区切ったんでしょう。
松井:たぶん彼の経験でしょう。個人差はあるでしょうから、なんで75じゃないんですかとか、そんな議論をしたってしょうがない。要するに彼はいろいろなことをいうのが面倒だから、68でもないし78でもないと、73だよ、その歳になったら隠居すべきだよと、いいことは一つもないんだと。あれだけ見事に実行されるとね。
──松井さんは今?
松井:先日62歳になったので、あと11年、けっこう短いですね(笑い)。
※週刊ポスト2015年6月26日号