歌舞伎、能、文楽など伝統芸能に見いだされる“日本なるもの”をノンフィクション作家・上原善広氏が浮き彫りにする新シリーズ「日本の芸能を旅する」。今回紹介する若手能楽師、武田宗典氏(37)は、海外公演や現代アートとのコラボなど多彩な活動で知られる。
* * *
能ほど、退屈な芸能はない。
昭和34年6月、フランス文化使節団が来日して能を観覧したとき、そのうちの一人がこう言った。
「能は、死ぬほど退屈だ。これは監獄で囚人に見せた方がいい」
なぜ能は、そこまで退屈だと思ってしまうのか。
「能はいわゆるエンタメではありません。観客のことを意識はしていますが、決して媚びることはしないからかもしれません」
シテ方の若手能楽師、武田宗典はそう話す。
「能が成立した当時は、今の半分程度の上演時間だったと言われています。一曲、30分くらいですね。それが時代と共に遅くなり、今は一曲、1時間から2時間くらいに延びたようです」
それはなぜなのか。
「以前、昔どおりの短い時間で一曲を演じる試みがあったのですが、セリフ劇に近くなった。謡うヒマがないのです。だから芸術的要素が高くなり、上演時間が長くなっていったのではと言われています。何事もスピード化、簡略化される現代とはまったく逆なので、面白いなと思います」
つまり観客に謡を聴かせ、舞などの所作、動きをよく見せるために長くなっていったのである。
「しかし、卓越した演者だと、1時間30分でも短く感じることもあります。つまり観客が長く感じるのは、演者の力量がないともいえるのです」
※SAPIO2015年7月号