日本の皇室を見る韓国人の心理は微妙で複雑だ。過去、韓国を支配した「日帝(日本帝国主義)」の象徴として非難の対象であると同時に、神秘的な伝統を保持する存在としてどこか羨望の対象でもある。
そして古代史における百済との関係を理由に「天皇のルーツは韓国」論を持ち出し、どこか受け入れの心理も垣間見える。その例として1980年代中盤、中曽根・全斗煥蜜月時代に皇太子(今上陛下)ご夫妻の訪韓計画が出た際、韓国のメディアは「里帰り」として結構、好意的な報道をしていた。
2002年のサッカーW杯日韓共同開催を前に、陛下が前年の誕生日会見で皇室の歴史に触れ「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫だった」と「韓国とのゆかり」を語られた時も、韓国では大々的に歓迎された。
「日本文化のルーツはわれわれ(ウリ)だ」とする、韓国人お得意のいわゆる“ウリジナル主義”の核心だが、これは“天皇コンプレックス”の裏返しでもある。このコンプレックスから出てくるのが、先ごろ韓国のネットメディアで問題になった「佳子姫を慰安婦に……」などという“皇室イジメ”である。
皇室をネタに溜飲を下げるというのは、以前にも人気作家の金辰明氏が“皇太子妃拉致事件”を書いている。囚われの身になった雅子妃に歴史について韓国に謝罪させるという“トンデモ小説”だ。
韓国人においては戦前の天皇イメージに加え、今も皇室は日本人の精神的な支えになっているとして、日本イコール皇室という受け止め方が結構ある。その結果、天皇あるいは皇室の存在が過剰に意識されることになる。
韓国のメディアは最近、陛下の発言をしきりに取り上げ「アベの歴史認識を批判!」などと大げさに伝えている。自分たちの“安倍叩き”キャンペーンに天皇を利用(!)するのも天皇(皇室)への過剰な思い入れの結果である。
天皇の存在感が実態以上に過剰に意識されることは政治的には危うい。最近、駐韓米大使へのテロ事件があったが、日韓国交正常化50周年でもまだ天皇訪韓が実現しない一つの背景である。
文/黒田勝弘(産経新聞ソウル駐在客員論説委員)
※SAPIO2015年8月号