夏の健康管理で気をつけなくてはいけないのが、食中毒だ。とくにボツリヌス菌には注意が必要である。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
* * *今年の4月、アメリカはオハイオ州の教会で食中毒事件が起きた。ポトラック――持ち寄り食事会で20名以上が食中毒にかかり、55歳の女性1名が死亡したという。同州の公衆衛生当局は参加者が密閉容器に入れて持ち込んだポテトサラダでボツリヌス菌が増殖した可能性を指摘した。
4月とはいえ当日のオハイオの最高気温は24℃。前後数日の間ではもっとも高い気温で、食中毒が起きやすい条件ではあった……。が、それを言ったら日本の今夏は気温が平年並、もしくは平年以上と予想されている。もとより高温多湿の日本では、さらなる注意が必要だ。帰省や長期休暇のほか、子どものいる家庭では夏休みに入って持ち寄りの機会が増えるという家庭も少なくない。
ボツリヌス菌は密閉状態など酸素が極めて少ない状態で増殖し、毒素を生成する。「通常、酸素のない状態になっている食品が原因となりやすく、 ビン詰、 缶詰、容器包装詰め食品、保存食品(ビン詰、缶詰は特に自家製のもの)」(東京都福祉保健局)に注意が必要だ。自家製の食べ物に気を配るのは当然ではあるが、一見「レトルト」のような見かけの食品のなかにも、冷蔵保存しなければならないものがある。
本来、常温保存が可能な「レトルト」は120℃で4分以上(と同等)の加熱加圧殺菌がなされ、パッケージにも「レトルトパウチ食品(容器包装詰加圧加熱殺菌食品)」と明示された商品だ。一方、パッケージの形状は似ていても、「要冷蔵」「10℃以下で保存」などの要冷蔵表示のある食品は常温保存できない。
こうした「低酸性食品(pH4.6以上で、微生物が活動できる程度に水分活性の高い食品)」は密封されていても、常温で放置すると「ボツリヌス菌が増殖し、命にかかわる食中毒の原因になることがある」(厚生労働省医薬食品局食品安全部)という。
しかもボツリヌス菌は土壌や海、湖、川などの泥砂中に広く分布し、野菜やはちみつ、魚の発酵食品などにも存在する。熱にも強く、100℃程度では長時間加熱しても、殺菌できない。手づくりの品となると、食材から容器、調理器具など、どこに潜んでいるかわからず、完全に排除するのは難しい。挙げ句、低酸素でも増殖できるので、「密閉したから大丈夫」ではなく、「密閉されているからこそ危険」となってしまうのだ。
最近では、ややブームが落ち着いた感のある、「ジャーサラダ」もこうした衛生上の懸念は指摘されていたが、現在まで目立った事故は確認されていない。しかし、ポテトサラダは「じゃがいもを熱いうちにつぶして冷ます(菌が繁殖しやすい温度帯を一定時間かけて通過する)」といった工程に加えて、ジャガイモや玉ねぎなどに付着した泥を洗い落とす過程で、調理器具に付着する可能性もある。マヨネーズに含まれる酢で酸が加わるといっても、それだけでは殺菌効果は心もとない。さらなる対策を講じておかねばならない。
われわれは日常での意識の外にも、たくさんの存在に囲まれている。ふだん、そうした存在を意識することは少ない。だがこれからの季節に「持ち寄り」を行なうなら、見えない存在に思いを馳せる必要がある。調理時に細心の注意を払うのは当たり前。その上で「容器の殺菌」「保冷バッグ+保冷剤で低温を保持して持ち運ぶ」「すみやかに食べきる」などの手段で万全を期す。目に見えないヤツらには人間よりも、高熱や低酸素に強い輩がいる。もちろんポテトサラダに限ったことではない。