つい先頃発表された「頭部に他人の体を移植する手術」の計画は世界を驚かせた。仮にそれが実現すれば、寿命を大幅に延ばすことにつながる。
遺伝性の難病ウェルドニッヒ=ホフマン病を患うロシア人男性、ワレリー・スピリドノフ氏(30)の将来は絶望的だ。筋萎縮が進み、自らの骨格を筋力で支えられなくなる病気で、症状は徐々に悪化している。このままでは、長くは生きられない。
そこで命をつなぐために検討されているのが、イタリア人の神経外科医、セルジオ・カナベーロ博士が2年後に予定している画期的な手術だ。スピリドノフ氏は、それに一縷の望みを託している。
「HEAVEN」と名付けられたそのプロジェクトは、にわかには信じられないほど大胆だ。患者の頭部を首から切断し、脳死状態のドナーの体に接合する。つまり、首から下をすべて他人から移植するのだ。
そんな手術が、本当に可能なのだろうか。今年6月、米メリーランド州で行われた学会で、カナベーロ博士はこの頭部移植プロジェクトについて熱弁をふるったが、その内容には医師たちも半信半疑だ。「彼は嘘をついている」「成功させるにはあと100年かかるだろう」との声もある。
頭部移植手術そのものは、カナベーロ博士の独創ではない。1970年代には、米オハイオ州ケース・ウェスタン・リザーブ大学の脳神経外科医ロバート・ホワイト氏率いる研究チームが、アカゲザルの頭部を別の体に移植する実験を15例ほど実施している。目覚めたサルには視覚・聴覚・味覚・触覚などがあり、最長で9日間生存したが、脊髄の神経の損傷のため、首から下の身体を動かすことはできなかった。
近年では、中国のハルビン医科大学でマウスの頭部移植実験が行われている。こちらは体を動かすことに成功したが、生存期間は最長で1日。人間の手術は時期尚早のようにも思える。
人間の場合、仮に医学的に移植が成功しても、心理的なハードルが高い。1988年にはフランスで手の移植手術が行われたが、手と自分が一体化していないと感じた患者は、後に切除を求めた。移植された胴体に患者が馴染めるかどうかも大きな課題だ。
※SAPIO2015年9月号