春画は日本では「ポルノ」というレッテルが貼られ、大々的に美術展を開くことはタブーとされてきた。が、この9月19日から日本美術史上初の試みとして、東京・文京区にある民間の美術館「永青文庫」で春画展が開かれることになった。今後、春画を楽しむ文化が日本でも広がりそうだ。
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春画の最大の魅力は、画面からほとばしる“生命力”にあると永青文庫の三宅秀和・学芸課長は解説する。
「多くの絵師は春画で人が愛し合う姿を正面から描きました。性愛は人間の生きる根本であり、春画は人間の根源的な生命力の表現と言えます」
大胆にデフォルメした性器と共に不倫、男色、自慰、青姦など、身分や場所などを問わない野放図な愛の営みを描く春画について、現代人は野蛮で淫らなものとしがちだ。しかし、江戸の人々にとっては、実生活に根ざした実用的な価値があった。
「豊穣な性の営みが描かれた春画は、子孫繁栄の願いを込めた嫁入り道具として使われました。戦勝祈願のお守り『勝絵(かちえ)』として武士が鎧櫃(よろいびつ)に入れて出陣することや、商家が『火除け』として蔵に納めることもあった。江戸の人々は、大名から一般庶民まで、年齢や性別を問わず、春画に親しんだのです」(三宅氏)
一口に春画といってもタッチや構図、色彩は多種多様であり、作品ごとに味わいが異なる。
著名な絵師の傑作には彫りや摺りに当時の浮世絵版画の最高技術が投入されている。江戸時代にはたびたび倹約令が出され、浮世絵は贅沢品として色数が制限されるなど表現が限られたが、もともと地下出版物であった春画はそうした制約から自由だった。通常の出版では実現できなかった極彩色が施されるなど、大胆な性描写だけでなく、絵師たちが趣向を凝らし練り上げた芸術性も見所だ。
また、登場人物の台詞や、二人の関係性・シーンを説明する「書入れ」(絵の余白に書かれた文字)を読めば、当時の人々の生活ぶりや生きた日常会話を追体験することができる。春画は江戸時代の文化や習俗を知る貴重な資料でもあるのだ。
様々な魅力を秘めた日本初の展覧会に周囲の期待は高まるばかりだ。三宅氏が言う。
「江戸時代の性文化は現在より奔放かつ大らかでした。今回、展示される作品を見れば、明治以降わずか150年の間に日本人の性意識が大きく変わったことがわかります。記念すべき展覧会を呼び水にして、今年を日本の“春画元年”にしたいですね」
※SAPIO2015年9月号