クルマを購入する際、事前に試乗して運転のしやすさや快適性を確かめる人がほとんどだろう。だが近年、試乗をめぐるトラブルが多発しているという。
大手自動車メーカー販売店の営業マンが「困った試乗客」のエピソードを明かす。
「特定の車種を指定して『すぐにでも購入したい』というので、離れた販売店まで行って1時間以上、試乗にお付き合いしたのですが、その日は『検討します』といって終わり。後日、見積もりを送ろうと電話をしたら番号も名前もデタラメでした。
その他、駅まで迎えに行って試乗のついでに寄り道をするなど“タクシー扱い”されたり、われわれ販売員の同乗を断ってスポーツタイプの車を試乗、不慣れなマニュアル車のせいか1速のまま運転してクルマを故障させたり……。過去には販売員を置き去りにして試乗車を盗難する“事件”までありました」
冷やかしを通り越したこうした「不届き者」は論外だが、最近、特に自動車メーカーを悩ませているのが、ブログやSNSで性能や乗り心地について悪く書き立てる“試乗荒らし”だ。中には試乗動画を解説つきでYouTubeに投稿するツワモノまでいる。
「販売店の対応の良し悪しから始まり、『このメーカーは足回りの部品をケチる車種が多い』とか、『公称の燃費よりも全然走らない』、『硬いだけの乗り心地に疲れた』など、わずかな試乗時間で自動車評論家気取りの書き込みをする人が増えた」(別のメーカー販売員)
もちろん、一部ユーザーの書き込みだけでクルマの販売台数が左右されることはないが、いわば素人目線の評論が広まって一般化する恐れはある。
なにより、試乗にかかる人件費やガソリン代などのコストは、結果的にはそのメーカーのクルマを購入するユーザー負担になる。それを買う気もない人が週末の暇つぶしも兼ねて試乗車を乗り回し、挙げ句、SNSに悪評を書き込んでいるとなれば、読まされる側も気分のいいものではない。
では、自動車専門誌などで実名入りの試乗体験記を掲載する“本職”の専門家たちは、この現状をどう見ているのか。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏に聞いた。
「発売したての新型車など、チョイ乗りで素早く感想を書きたくなる気持ちを否定するつもりはありません。でも、職業柄、これまで様々なメーカーのクルマに試乗してきた我々でも、20kmや30kmを数時間乗り回しただけで評論を書くのは少しはばかられることがあります。
クルマの性能や乗り心地を本当に知りたいと思ったら、最低でもいろんな道を500km以上は試乗したいですね。運転し過ぎて体が疲れてきたころに『このクルマだったら、まだ行けると思わせる特性がスゴイ!』なんて感じることもありますしね」