かつて、きわどいコースのボールであっても、王貞治氏が悠然と見逃したならと球審が思わず「ボール」とコールしてしまうことから「王ボール」と呼ばれる判定が存在した。V9・巨人黄金時代の攻撃力を支えた打撃コーチの荒川博氏と、教え子である王貞治氏と黒江透修氏が、かつてのプロ野球選手と現在の選手たちのバッティングの違い、選球眼について語りあった。
王:今はどんなピッチャーでも5種類から6種類と投げる球種が多いからバッターは大変なんですよ。昔は引っ張れば良かったが、今は変化球に対応して90度に打ち分けられないといけない。バッティングが難しくなっていると思います。
黒江:確かに昔はセンターから逆方向にホームランを打つことはなかった。センターに打てるのは本当の強打者だけで、他は右打者ならレフト、左打者ならライトに、しかもフェンスギリギリのホームランだった。それが今は、僕くらいの体格(165cm)の選手でも軽々とセンターに打つ。
王:僕でもバックスクリーンへは年に1、2本だった。
荒川:今は引っ張る打者がほとんどいないよね。
王:本当ですね。メジャーではアウトコースでも引っ張って打つ打者が多いし、速い球を打てるのが活躍できる条件になっている。ところが日本では速い球を打てる人が少なくて、変化球に対応できる人が多い。
荒川:それにしては3ボールの場面で、ワンバウンドの球が来ても平気で振ってしまう。ホームランボールだけを狙えばいいのに、打者有利なカウントから凡打だもの。見ていて不愉快だよ。
黒江:ハハハ、確かに腹が立ちますね。それも塁に出ないといけないヤツが3-1から凡打ではね。僕なんか川上さん(哲治・監督)に3-1からはいつも「待て」といわれたなァ。
王:今は選球眼という言葉がなくなっているのかもね。四球は安打と同じで大事なもの。僕たちは3ボールならあと1つボールで塁に出られる、という感覚が強くありました。
黒江:それに狙った球しか打たなかったよね。川上さんにいわれたのは「好球必打というが字の通りではダメだ。ど真ん中に来てもタイミングが合わない時は打つな。狙いを絞ってタイミングが合ったときに初めて打て」ということでした。
王:いい打者ほど狙い球を絞って、甘い球を確実に捉える。でも、丸いものを丸いバットで打つんだからバッティングは難しい。人間は厄介なもので、練習をやればやるほど余分なことを頭で考えてしまうから、ますます難しくなる。
※週刊ポスト2015年8月21・28日号