巨人黄金時代を支えた打撃コーチの荒川博氏といえば、『巨人V9 50年目の真実』(鵜飼克郎著・小学館)にも登場する「荒川道場」によって攻撃面を支えてきた人物である。そこで鍛えられた王貞治氏と黒江透修氏が、荒川道場の名物でもあった真剣を使ったトレーニングについて、師匠を前に語りあった。
──有名な真剣を使ったトレーニングは王さんだけ?
王:いえいえ、道場に来ていた皆が振りましたよ。
黒江:最初はワンちゃんが色々始めたけどね。
王:荒川さんはバットを振るだけでなく、合気道を勉強する中で色んなことを吸収され、様々な練習法を野球に取り入れたんです。
荒川:教えるためには自分も勉強しないといけない。居合抜きの羽賀準一先生から合気道の植芝盛平先生を紹介され、野球へのヒントをもらう。皆が応援してくれて、ウチの選手を作ってくれた。
王:名人ばかりです。すごい人たちが集まっていました。しかし最初は真剣が怖かったですね。失敗すればケガをしちゃうわけだし。
荒川:緊張感が違うよね。
黒江:天井からぶら下げた幅6cmくらいの短冊状の新聞紙を斬るんですが、角度が悪いと刃が入らない。
王:真剣はいい加減では何も斬れません。斬るのではなくちぎってしまう。
黒江:まずは斬るというよりピタッと止める練習をするんです。日本刀は振るんじゃなくて止めないと切れない。でも真剣は重いから止まらない。「それじゃ足を斬るぞ」とよく叱られました。持った瞬間にドシッと来るから、気持ちが充実していないとできない。
荒川:そして、時折その短冊をクルクルと回転させる。これはスライダーやシュートを想定したもの。入っていく角度が悪いと斬れないから、息を止めてじっとそのタイミングを図る。
王:「今だ」というタイミングを覚えるんです。
荒川:一瞬の“間”だね。
王:そして打席では“気”を出せと教わりましたね。バッターはどうしても受け身だが、僕らは打席で“気”を放って、狙った球が来たら襲いかかるようにバットを出す準備ができていた。
荒川:王は打席に立って構えた時、相手を“殺す”勢いの目をしていた。2人でやった練習を見学した俳優の高倉健は、「獣のようだ」と本に書いていた。
王:昔の剣豪は命をかけて鍛錬したわけです。僕らは打てなくても明日があるが、彼らは負ければ死んでいた。命をかけている剣豪たちの真似が少しでもできれば、ということでやっていた。
でも練習でできても、勝負の時、試合でできないと意味がない。宮本武蔵がすごかったのは、修行もしたと思うが、それを勝負の場面で出せたこと。長嶋(茂雄)さんはできていた。球際に本当に強かった。いくら技術を持っていても、勝負の時、球際で出せないと意味はないですから。
※週刊ポスト2015年8月21・28日号