史上初めて、選考委員全員が1作品を大賞に選出──。7月末の炎暑のさなかに行なわれた第22回小学館ノンフィクション大賞の最終選考会は、他の追随を許さない取材力と文章力を兼ね備えた評伝に、高い評価が集まった。今秋以降に単行本化される予定の大賞受賞作『小倉昌男 祈りと経営』について、著者のジャーナリスト・森健氏(47)が解説する。タイトルにある「小倉昌男」とは、ヤマト運輸(現ヤマトホールディングス)元社長のことである。
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人物評伝の取材は、ある程度敬意をもてるような人でないと難しい。それだけの人物でないと、関心を維持できないからだ。
その意味で「宅急便」の故小倉昌男氏は尊敬できる申し分ない人物だった。ただ、小倉氏の書籍は多く、本になるような企画かどうかは当初確信はなかった。
私が抱いていた疑問は「なぜ小倉氏は障害者福祉に全私財を投じたのか」。何かあるだろうと思ったが、手がかりがあるわけではなかった。取材を始めてみると、私たちが知っていた小倉昌男は宅急便の創設者という一事実に過ぎないことがわかった。
事業の成功の陰で、彼はナイーブで複雑な問題に向き合っていた。取材は芋づる式に進んだが、謎はそのたびごとに膨らみ、次第にその中身は家庭や内面的な話にも及んだ。戸惑う局面もあり、最終的にはセンシティブな話にも触れざるをえなかった。いずれも小倉氏は生前、公にしていないことばかりだった。
最後に米国の地ですべての謎が解けたとき、私は小倉氏の抱えていたものの重さに思わず空を仰ぎ見た。と同時に、現代の多くの家族で共通しうる問題に彼が取り組んでいたことは、だからこそ、広く読んでもらう意義があると確信した。
今回本格的な評伝は筆者にとって初の取り組みだった。そこで大きな賞をいただくことになったのは、そんな小倉氏の思いが選考委員の方々に伝わったからだろうと思う。だとすれば、書籍化されたときには、きっと多くの人に共感していただけるのではないか。そんな想像を巡らせている。
【プロフィール】森健(もり・けん):1968年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。『「つなみ」の子どもたち』で被災地の子供たちとともに第43回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『就活って何だ』『グーグル・アマゾン化する社会』ほか著書多数。
※週刊ポスト2015年9月4日号