厳しい現状にある高齢出産について6月25日、衝撃的な発表があった。不妊治療を専門とする産婦人科医院「大谷レディスクリニック」(兵庫・神戸市中央区)が「着床前スクリーニング」の実施によって、高齢出産の流産率を引き下げることに成功した、と公表したのだ。
この発表が衝撃的だった理由は日本産科婦人科学会(日産婦)が着床前スクリーニングを原則として認めていない中で、559人におよぶ患者にスクリーニングを実施していたからだ。
着床前スクリーニングとは「体外受精」の際に行われる検査の1つだ。通常、日本での体外受精は、妻から取り出した卵子に夫の精子を受精させ、細胞分裂を起こした受精卵(胚)の中から健康な状態だと思われるものを医師が目視で選んで子宮に戻す。しかし見た目では「健康な状態」だと思われても、実際には染色体に異常を持つ胚が子宮に戻され、着床しなかったり、流産したりするケースも多い。大谷レディスクリニックが実施したスクリーニングは、胚の染色体を一部採取して検査し、染色体に異常のない胚を選んで子宮に戻すというものだ。
大谷レディスクリニックでは2011年2月から2014年7月にかけて559人にスクリーニングを実施した。平均年齢は40.4才で、その大半が流産や体外受精を何度も経験していた。スクリーニングで正常な受精卵とされ、子宮に戻されたのは327人で、うち220人ほどがすでに出産したという。
同クリニックによれば、41才女性のスクリーニングを行わなかった体外受精における着床率は20.9%なのに対し、スクリーニングを行った女性の着床率は46.6%と約2.2倍に。流産率は、スクリーニングを行わない場合は40.8%だが、スクリーニングを行うと11.1%と約4分の1になり、劇的に効果がみられたという。
それならば、なぜ日産婦は着床前スクリーニングを認めてこなかったのか──その理由の1つは染色体をスクリーニング検査することで、ダウン症をはじめとする染色体に特徴のある障害を判別できたり、生まれてくる子が男か女かがわかったりすることだ。スクリーニングを行うことがすぐに「障害を有する命の選別」や「男女産み分け」に繋がるわけではないが、生命倫理上の観点から日本の医学界では導入が見送られてきた。
大谷レディスクリニックの大谷徹郎院長に話を聞いた。
──なぜ禁じられている着床前スクリーニングを実施しているのですか。
「私自身も子供ができたのが遅く、私と妻が37才のときでした。32才から不妊治療を始め、5年後にようやく子供を授かりました。長い不妊治療を経験した妻は深い悩みを抱え、私自身も“今までなんのために生きてきたのか”と人生を恨んだものです。だからこそ、不妊に苦しめられるかたがたの気持ちがよくわかります。その苦しみを少しでも減らし、妊娠率を上げたいという気持ちが原動力です」
──染色体を検査することは「命の選別」に繋がりかねないという批判もあります。
「着床前スクリーニングの最大の目的は母体の保護です。それを間違えないでほしい。流産は精神的だけでなく、母体に与える影響が少なくありません。2度繰り返すことを反復流産、それ以上繰り返すことを習慣流産といいますが、3度流産した場合の、4度目の妊娠の流産率をご存じですか? おおよそ4割です。年齢が上がれば、さらに流産率は上がります。それらの流産の多く(約71%)は、染色体に異常のある受精卵が原因です。
染色体異常のなかでも最も生まれる可能性が高い21番トリソミーの染色体異常(ダウン症のこと)を持つ受精卵でも、着床する確率は20%くらいで、さらにその内で20~30%だけが出産に至ります。つまり、その受精卵を子宮に戻しても94~96%は着床しないか、流産するのです。
日産婦は『命の選別』といいますが、それなら、出生前診断の羊水検査は命の選別にならないのでしょうか。日産婦も認めている羊水検査で調べるのも染色体異常です。着床前スクリーニングの場合、検査の対象は『前胚』であり、法律で人間だと規定されている『胎児』以前の段階です。ところが、同じように染色体異常を調べる羊水検査は妊娠約15週前後で行われるので、これは胎児を検査しているわけです。
障害があるとわかっていても赤ちゃんを産み、育てる行為は尊いものです。しかし同時に、すでに日本では羊水検査によって“障害を認知した”あとの中絶が実質的に認められている現実を忘れてはなりません。
着床前スクリーニングは、子宮に戻す前の受精卵に異常を見つけることのできる世界で認められた検査方法です」
──日本の医学界が遅れているということですか。
「明らかに遅れています。着床前スクリーニングはアメリカやイギリス、北欧諸国をはじめ、アジアでも中国、韓国で認められています。9割以上の国で認められていて、日本で行われていないのはおかしい」
現在、日本でスクリーニングを実施しているのは大谷レディスクリニックほか数か所だけだが、不妊や流産に悩み、スクリーニングを希望する女性が後を絶たないという。
そうした流れのなかで、原則として着床前スクリーニングを認めてこなかった日産婦は今年2月、3年間かけて大規模な臨床研究を行うことを決めた。
※女性セブン2015年9月3日号