苦痛に苛まれることなく、安らかに逝きたい──これは万人に共通する考えだろう。にもかかわらず、無為な延命治療で苦しみながら死ぬ終末期医療がまかり通っている。この現状に対し、厚労省が「あるべき死に方」の実現に乗り出した。
病院のベッドに横たわる70代の男性患者。鼻と腹部には細いチューブが繋がれている。食事を摂ることができない患者に生命維持に必要な栄養を投与するためだ。今から5年前、重度の認知症に陥ってから今の生活が続く。発症前に延命治療について話し合ったことはなく、意思の疎通が取れなくなった肉親を前に、家族はただ困惑するばかりだった──。
末期がんや脳血管障害、進行した認知症など、回復の見込みがない患者に対する終末期医療の現場で、どんな延命治療を望んでいるのか(あるいは望んでいないか)患者本人の意思が確認できず、家族や医療スタッフが苦悩するケースが相次ぎ、社会問題となっている。
事態を重く見た厚生労働省は終末期医療を全国的に支援する体制を来年度から整備する方針を決定。患者や家族の不安を取り除き、必要な情報を提供する相談支援チームを全国約200の医療機関に常駐させる計画だ。8月26日には、専門の相談員を養成するための研修費用として1億円の予算を来年度の概算要求に盛り込んだ。厚労省担当者が説明する。
「支援チームの相談員には、終末期医療の専門的な研修を受けた医師や看護師、医療ソーシャルワーカーらを充てる予定です。相談員は患者と話し合った上でその後の治療方針にも関与して、本人の希望に沿った“最期”を実現することを目指していく。同時に、終末期医療に対する国民的議論も喚起していきたい」
裏を返せば、現在の日本の終末期医療が患者の意思や尊厳を無視した形で行なわれている実態を、国が認めたものともいえる。『欧米に寝たきり老人はいない』(中央公論新社刊)の著者で、「高齢者の終末期医療を考える会」代表を務める、桜台明日佳病院・認知症総合支援センター長の宮本礼子氏がこう話す。
「人生の終末をどう迎えるかは誰にとっても切実な問題です。日本では80%以上の国民が延命措置を望んでいないにもかかわらず、大半の患者は終末期に延命措置が施されている。“安らかに死にたい”との願いが叶わず、人生最後の医療を自分で決められないのが日本人の現実なのです。今回、国がこの問題に正面から向き合い、対策の一歩を踏み出したことは評価できます」
※週刊ポスト2015年9月11日号