【著者に訊け】羽田圭介さん/『スクラップド・アンド・ビルド』/文藝春秋/1296円
【本の内容】28才の健斗は母とその父である87才の祖父と同居しながら、資格試験の勉強と転職活動とアルバイトに日々を費やしている。肉体的苦痛を訴え、毎日「早う迎えにきてほしか」とぼやく祖父。健斗はその願いを叶えてやるため、ある計画を実行に移す。「役に立っているつもりの若者が、最終的には老人にしっぺ返しをされる、なんとなくそういうイメージで書いていたんですけど。本当にそれでいいのかどうか、最後の数頁は本当に悩みました」(羽田さん)。
デーモン閣下ふうの悪魔メイクで選考結果を待つ姿や「僕も芥川賞とったんですよ」という類例のない書店の手書きポップ等で、独特の存在感が話題となっている羽田圭介さん。又吉直樹さんと同時受賞したことを「ラッキー」と言い切る。
「自分の単独受賞だったら、ここまで話題にはならなかったでしょうから。ぼくは芥川賞だけでも3回落選して、落選慣れしちゃったので、受賞前は自信もなければ不安もない、虚無の状態でした。すばらしい作品を書いているのに、なぜか候補にならない作家さんもいらっしゃるので、受賞したというより『ひっかかった』という感じ。ひっかかってよかったなと思うことの一つは、芥川賞が全てではないと言う資格、受賞していない作家さんの作品を肯定する権利を得たことです」
受賞作で描かれるのは無職の若者と祖父の同居生活。介護する側とされる側の絶対的なやりきれなさをベースとしながらも、孫と祖父の微妙なすれ違いがささやかな笑いを誘う。
「人間の幸福感って、実は仕事とか経済的にどうこうではなく、誰かの役に立っていると感じられるかどうかだと思うんですよ。この主人公は就職できなくて貯金もないけど、じいちゃんのために役立っているという実感がある。そこで満足しちゃっていることが、ある種の危うさにもつながっているのですが。
高校生の頃、父方の祖母のお見舞いに行った時に、実際に『殺してくれ』と叫ぶ入院患者さんを目の当たりにしました。数年前からは母方の祖母と身近に接する機会も増えましたし。ただ、身近な題材を書く時こそ、本や映像資料を取り寄せて取材します。テーマの全体像がわからないと、小説として描くべき部分がどこなのかもぼやけてしまうので」
タイトルは衰えていく肉体と鍛えられる肉体、筋トレに励む主人公の肉体と精神、人間関係そのものを象徴しているようにも読み取れる。
「なんとなくバカっぽいタイトルがいいな、だったらカタカナがいいかなと思って。ぼくは神妙な雰囲気とか重厚な文体を意識的に排除しています。現代的な言葉、情報を正確に伝えるための簡潔な言葉の組み合わせで表現したい。何か深い意図がありますよ、と思わせる余地を残さないような小説を書きたい」
尊敬する作家は藤沢周さん。昔の文豪のいわゆる名作より、現役の大御所作家の作品に刺激を受けてきた。
「男の行動原理は少年から50〜60代まで、ほとんどが牽制合戦です。藤沢周さんはそのくだらなさ、カッコ悪さをきちんと書いているところがすごいと思う。女性の行動原理は…何だろう。わからないことが多すぎて考える気にもなれません(笑い)」
(取材・文/佐藤和歌子)
※女性セブン2015年9月10日号