【著者に訊け】東山彰良さん/『流』/講談社/1728円
【あらすじ】物語は1975年に始まる。主人公・葉秋生が17才のこの年、偉大なる蒋介石総統が死に、祖父・尊麟が何者かに殺された。なぜ、誰に祖父は殺されたのか。若く、何者でもなかった秋生の青春と、祖父の死を追う旅が始まる。選考委員の北方謙三さんは「とんでもない商売敵を選んでしまった」と最大級の賛辞をおくった。
今期の直木賞受賞作。9人の選考委員全員が「○」をつけるという、異例の高い評価を受けての受賞となった。
「本当にありがたいことです。ただ、受賞するとはまったく思ってなかったので恐れ多い気もします。自分が自分の本を信じる以上に周りの人にこの本を信じていただいて、その結果がこんないい形に結実して、本当にうれしいです」
主人公の少年のモデルは東山さんの父。もともとは、中国大陸で生まれ、台湾に移り住んだ祖父の物語を書きたい思いがあり、練習のつもりで取り組んだのが『流』だという。書くうちにどんどんエピソードが膨らみ、骨太でダイナミック、それでいてみずみずしい、ミステリの要素を備えた青春小説になった。
「祖父の話を書くつもりで取材してきたことは『流』であらかた使っちゃいました。足りないところは何度も父に会って、酒を飲んで、しつこく話を聞いて」
その父とは、10代の頃うまくいかない時期があったそうだ。だが、勤めていた東京の会社を辞め、福岡に戻って大学院に進もうとしたとき、「それは逃げだ」と母から言われた東山さんに、「別に逃げてもいいんだ」と言ってくれたのが父だった。
「あの一言がなかったら、もしかしたら会社を辞めておらず、大学院にも行かず、作家にならなかったかもしれない。なのに、きちんとお礼を言ったことがなくて。今回、小説のために父の人生をじっくり聞くことができて、ほんのちょっとだけ親孝行ができたんじゃないかと思うんです。もちろん、それですむとは思っていませんが(笑い)」
作家になってはじめて、書き上げた段階で原稿を両親に見せ、読んでもらった。母は喜び、父は事実関係をチェックしてくれた。面と向かって「よくやった」とは言わない父だが、書斎に『流』をたくさん並べ、近所の人にも配っているらしい。
「ゼロから小説を書く筋力が衰えるのが怖いので」、しばらくは、家族のルーツや記憶を題材にした小説を書く予定はないという。
「続編」、というより「本編」にあたる、もともと構想していた祖父の物語はいずれ書かれるのだろうか。
「『流』を超えるものが書けるんだろうかという不安はありますけど、書きたい気持ちは相変わらず持っています。受賞の騒ぎが一段落したら、父と母に話を聞いて、可能であれば台湾にいる年寄りたちにも会ってみたい。現代と過去のつなげかたを最近、思いついたところなので、物語全体を貫くたて糸のようなものが見つかれば、そのときは取り掛かろうと思っています」
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2015年9月17日号