建設費問題で揺れる新国立競技場問題の暑さ対策で「かち割り氷」案が浮上した。実現可能性があるのか、そもそも「かち割り」とはどうやって作られるのか。関係者に取材した。(取材・文=フリーライター・神田憲行)
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新国立競技場に「かち割り氷」のアイデアを出したのは、なんと安倍晋三首相だ。
《8月27日、遠藤氏が首相に説明するため官邸を訪れた際、携えた資料にあった建設費は「1640億円」。競技場には、客席の下から冷風が吹き出す冷房の設置を検討しており、これを外せば、さらに100億円のカットが見込めた》
《「暑さ対策なら、『かち割り氷』だってある」。首相は夏の甲子園名物を挙げ、遠藤氏に冷房施設の断念を指示。「首相主導の政治決着」を演出し、1500億円台の「大台」を達成した》(朝日新聞8月29日記事)
「かち割り氷」とは主に夏の高校野球シーズンに阪神甲子園球場で販売されている名物だ。ビニールの袋に氷が詰められ、ストローとともに提供されて、1袋に氷が約350グラム、200円である。
新国立競技場の収容人数は6万人超。それだけの世界中から集まる観客が、小さなビニール袋にストローを指してチューチューやっている姿は、実際にどれくらい暑さ対策になるのか不明だが、愉快な光景ではないか。
「安倍さんの『かち割り』発言は新聞で知りました。いやあ、日本の偉い人まで『かち割り』が浸透してて、有り難いですわ。たぶん甲子園に来たことないやろうけど」
と笑うのは、甲子園球場で「かち割り氷」の製造・販売を一手に担う梶本商店の梶本泰士さん。
「かち割り氷」はそもそも、1927年に梶本さんの先代が甲子園でかき氷を販売したことに始まる。1957年に金魚すくいの袋を見て、現在のスタイルを思いついた。
最盛期には1日1万5000個を売ったこともあるが、氷らせた清涼飲料水の台頭などもあり、現在の販売個数などは「秘密」。それでも灼熱のアルプススタンドなどでは、買い求めた「かち割り氷」を額に乗せたり、涼を楽しむ人が多い。
「氷ってるときはおでことか首筋に当てて身体を冷やして、溶け出したら昔は粉末ジュース入れて飲んでる人が多かった。いろいろ楽しめるのがかち割りですわ」(梶本さん)
ただの氷をビニール袋に詰めたと思うなかれ。氷の製造方法は一手間掛けられている。水道水をまず浄化して不純物を取り除き、大きな氷塊にする。それをすぐ割らずに、いったん「氷室」に48時間寝かせるという。
「寝かせることで氷の芯まで凍って、溶けにくくなるんです。甲子園やったら1試合以上は持つでしょう。ただ家庭用の冷蔵庫で作った氷をもって来ただけではそんなに持ちません」(梶本さん)
さすが灼熱の甲子園球場に出場するだけはある、氷も鍛えられているのだ。
しかしそんなに手間がかかるのなら、実際に新国立競技場で提供するのは無理なんでは……。
「いや、氷は工場さえあれば作れます。難しいのは売る人の確保やね」
梶本さん、意外な理由を挙げた。
「かち割り売りは、声を出さんと売れませんから」