【書評】『ネット私刑(リンチ)』 安田浩一著/扶桑社新書/本体760円+税
安田浩一(やすだ・こういち):1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者を経て2001年からフリー。著書に『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)、『ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力』(文春新書)など。
正義とはいかに残酷で、無慈悲で、危険なものか。
今年2月、川崎市で中学1年生の少年が殺害された。そのとき、ネットの世界では犯人逮捕前から、犯人と疑われた人物の実名、顔写真に始まり、住所、電話番号、家族構成、交友関係などのプライバシーが不特定多数のネットユーザーによって晒され、激しい非難や罵詈雑言が浴びせられた。著者はそうした現象を〈ネット私刑(リンチ)〉と呼ぶ。
「人殺しを許すな」。そんな単純素朴な正義に反する言動を行った者が私刑の対象となる。しかも、誤った情報によって無関係の人が被害にあう“誤爆”も多い。
本書は「川崎中1殺害事件」、中学2年生の少年がいじめを苦にして自殺した「大津いじめ自殺事件」(2011年)など、いくつかの有名な事件を取り上げ、そこで繰り広げられた〈ネット私刑〉の実態を、私刑を受けた側、加えた側の双方を取材して明らかにしたルポルタージュだ。
誤爆によっていじめ事件の加害者の母親とされ、脅迫電話や脅迫状まで受けるに至った女性の恐怖を想像して背筋が寒くなる一方、私刑に加わる側が検証抜きにネット情報を盲信し、躊躇も容赦もなく正義を振りかざす単純さに暗澹たる気持ちになる。
日本はいつからこんな嫌な社会になってしまったのだろうか。本書を読み進めるうちにそう思わざるを得なくなってくる。
本書の最後に、かつて10年以上にわたってネット上で殺人犯扱いされ続けたお笑い芸人スマイリーキクチが登場し、〈独りよがりな正義感〉の危うさを語っている。絶望的な状況を耐え抜いた彼の、抑制のきいた冷静な語り口が、わずかな救いでもあり、希望でもある。
※SAPIO2015年10月号