洗濯物を干しっぱなしの薄暗い部屋で、80歳の父は小さなパックに入った巻き寿司を無言でほおばっていた。彼は45歳になる息子と2人で暮らしている。息子は職を転々としていたが、昨年12月にリストラされ、市営アパートで父親との同居を決意した。父親は4年前に脳梗塞を患っており、そのことも気がかりだったという。
父親が受け取る年金は月9万5000円。これまでは生活保護で家賃や医療費が免除されていたが、勤労世代の息子と同居を始めたことで、生活保護は打ち切られた。息子の分の食費がかさむうえに、家賃2万円と税・医療費1万円の負担が増え、暮らしはますます苦しくなった。家賃は滞納し、医療費も払えないため、この1か月は高血圧の薬さえ飲んでいない──。
これは8月30日放送のNHKスペシャル『老人漂流社会 親子共倒れを防げ』に登場した、ある父子の生活の実態である。
『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新書)の著者でNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏によれば、このような世帯はもはや珍しくないという。
「正社員のリストラ、非正規社員の拡大、派遣切りといった状況のなかで、年金暮らしの親と40~50代の子供が同居し、共倒れしてしまう。『Nスペ』を見て、ようやくこの問題にスポットが当たり始めたという印象を持ちました。この7~8年で顕著になっており、雇用環境の悪い地方ではより深刻になっています」
低年金・低所得の高齢者は増加の一途をたどり、すでに200万人以上が生活保護水準なのに保護を受けずに暮らす「老後破産」状態にあり、予備群も含めた「下流老人」は600万人に達するという。そんな年老いた親のもとに収入の少ない子供が身を寄せれば、生活がさらに困窮するのは当然だ。
※週刊ポスト2015年9月18日号