日本映画の危機が叫ばれている。シネコン向けの商業映画ばかりが世に溢れ、作家性に富む映画は製作どころか、上映元のミニシアターの休館も相次ぐ。そうした大きな波に抗う数少ない映画監督、是枝裕和氏(53)にノンフィクション作家の佐野眞一氏が迫った。
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私が是枝作品で最も好きな「誰も知らない」は、1988年に起きた巣鴨子供置き去り事件(※注1)を題材にした映画である。
【(※注1)父親失踪後、母が4人の子供を育児放棄。母親の蒸発後、当時14歳の長男がマンションで3人の妹の面倒を見ていたが、三女を死なせてしまう。その後、大家の通報で事件が発覚】
マスコミはこの事件に殺到し、同居相手を次々取り替えて4人の子供を置き去りにした母親を、「オニ母」「冷血40女の情欲」などと面白おかしく書き立てた。その一方、フェミニストたちは、私生児差別などおよそお門違いな批判をした。
だが、この映画には「オニ母」を指弾する視点もなければ、私生児を擁護しようという運動臭もない。描かれているのは、“後に残された人”の深い悲しみだけである。
──あれは事件が起きたときから、興味があったんですか。
「はい。実際の事件では柳楽優弥君演じる長男が、死んだ妹をスーツケースに入れて、特急レッドアロー号で秩父の山中に埋めに行くんです。当時、僕は西武池袋線沿線の清瀬という、レッドアロー号など止まらない小さな町に住んでいました。
長男はあの列車にいつか妹を乗せたいと思っていた。その思いが、いつもその列車を見送っていた人間として心情的によくわかった気がしたんです。でも、警察は秩父の山に埋めるための証拠隠滅としか捉えなかった。そこへの違和感が作品作りの核にありました」
──映画では父親の一人が働いていたという羽田の空き地に妹の死体を埋めるんですが、そのとき韓国人の女友達が一緒に行くのはなぜですか。
「あれは韓国の子をキャスティングしようと思っていたわけではないんです。あの男の子と同じ目をした女の子を探そうと思っただけなんです」
──ああ、そうか。柳楽優弥と同じ目をした。
柳楽は、同映画でカンヌの最優秀男優賞を史上最年少で受賞している。
──なぜ彼を起用したんですか。
「目ですね。大人を拒絶している目です」
確かに柳楽の目は生涯に一度できるかできないかの目である。